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金融庁の「銀行は担保より借り手の事業性を見ろ」は無理筋

7/2(日) 16:20配信

投信1

金融庁は、銀行(信用金庫等を含む、以下同様)に対し、担保・保証がなくても事業に将来性がある先、信用力は高くないが地域になくてはならない先、などに積極的に融資するように促しています(平成28事務年度金融行政方針)。銀行が貸出に際し、十分な担保・保証のある先や高い信用力のある先にしか貸していないのではないか(「日本型金融排除」が生じているのではないか)、との問題意識が背景にあるわけです。

これは、ある意味の理想論であり、「青臭い書生論」です。現実的ではありません。金融庁は自身を「処分庁から育成庁へ」と言っているようですが、悪い冗談にしか聞こえません。その理由について考えてみましょう。

銀行は慈善団体ではなく、利益追求が目的である

信用力は高くないが地域になくてはならない先に対して地銀等が融資を行なうことをどう考えるべきでしょうか?  信用力が高くない借り手ですから倒産する可能性も高いわけです。なぜ、地銀等が融資しなければならないのでしょうか? 

結果として当該借り手が倒産せず、それにより地域経済の活力が守られれば、地域の企業も地方公共団体も地銀等も助かります。それなのに、なぜリスクは地銀等だけが負わなければならないのでしょうか?  経済学的に言えば、地域経済の安定という「公共財」のコスト(リスク負担)を地銀だけが払う理由などありません。銀行は慈善団体ではありませんから(笑)。

たとえば、広島経済にとって不可欠なマツダの下請けが経営難に陥ったとします。当該下請けの部品がマツダにとって必要であるという場合、地銀である広島銀行は当該下請けを支えるべきでしょうか?  当然、マツダの保証を要求すべきでしょうね。広島市や広島県の保証でも良いですが。

地域経済を発展させる(衰退を防ぐ)のは、地銀だけの責任ではありません。むしろ地銀は、「金融は経済の血液だ」ということで必要な資金を必要な所に行き渡らせる心臓の役割に徹するべきです。「手足が活発に動いているので大量の血液が必要だ」と言われた時に血液を送るのであって、心臓が手足を動かすわけにはいかないのです(笑)。

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最終更新:7/6(木) 1:10
投信1

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