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福本豊氏、上田利治さんに間違えて引退宣言されちゃった…死を悼む

7/3(月) 10:03配信

スポーツ報知

 阪急・オリックス、日本ハムで監督を務めた上田利治(うえだ・としはる)氏が1日午前2時55分、肺炎のため川崎市内の病院で死去した。80歳だった。2日、教え子の福本豊氏(70=スポーツ報知評論家)が名将の死を悼んだ。

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 体調が良くないことは聞いていました。近年は、評論の仕事で神宮に行くとお会いするという形が続いていましたが、2年ほど前から会うたびに「声が出んわ。しんどいわ…」と。去年からは、その神宮でも会えなかった。

 私が阪急に入団した当時はヘッドコーチで、まさに熱血指導という言葉がぴったりの人。選手には厳しかった。情熱的という意味では、野球を常に研究もされていた。監督時代はベンチから相手の動きに目を光らせ、投手の癖を見破ればベンチ内で声を張り上げて選手に伝達していた。監督が先頭に立ってあらゆる情報を収集し、アイデアを出し、黄金時代の阪急の緻密な野球を作り上げた。

 阪急がオリックスに身売りした1988年限りで私は現役を引退した。阪急としての最終戦は、当時の本拠地・西宮球場で山田久志の引退試合でもあった。試合後、上田監督がファンへのあいさつで「去る山田、そして残る福本」と言うつもりが「去る山田、そして福本」と言い間違えてしまった。まだ2、3年は現役を続けるつもりだった私が一番驚いた。それでも、監督が言ったのだからしゃあない、と後日、引退を受け入れることにした。そこには何の不和もなかった。そんなことも思い出します。ご冥福をお祈りします。(スポーツ報知評論家)

最終更新:7/3(月) 11:46
スポーツ報知

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