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上田利治氏の西京極“サイン違い事件” 元阪急コーチが語る

7/3(月) 16:56配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 その瞬間、わたしは目が点になるくらいビックリした。

 京都は西京極球場での出来事だ。阪急は毎年、夏場に西京極で試合をしていた。

 わたしは三塁ベースコーチ。あるとき、ベンチの上田監督からサインが出た。組んだ足の膝下を触ったら盗塁というのは、監督と2人だけの決め事だった。

 が、一塁走者は捕手の中沢伸二。チーム一の鈍足の中沢を本気で走らせるつもりか? 半信半疑で、とりあえず1球、様子を見た。しかし、ウエさんの手は、相変わらず膝下に置かれたまま。相手の裏をかく奇策だと思って、中沢に盗塁のサインを送ったものの、案の定、ベースの2メートル手前でタッチアウトだ。

「あんな場面で走らせるとは、いったい、どういうつもりなんだ!」

 ベンチに戻ると、ウエさんの怒るまいことか。膝下を触るフラッシュサインを出したじゃないですかと説明しても、怒りは収まらない。

 しかし、しばらくしてウエさんがバツの悪そうな表情でやってきた。

「クマ、すまんな。ひょっとしたら、蚊をたたこうとして膝下を押さえたかもしれん」

 西京極球場は当時、蚊が多くベンチで蚊取り線香をたいていた。あるいは蚊にさされ、かゆくて膝下をかいていたのかもしれない。

「ええで、ええで」のフレーズが有名だが、上田監督はサインミスやサインの見落としに厳しい人だった。外国人助っ人がわたしのサインを見落としただけで、しばらく試合に使わなかった。規律や細かいプレーに厳しい指揮官だからこそ、阪急を常勝球団に変え、75年から3年連続で日本一に導いたのだと思う。ご冥福をお祈りします。

(大熊忠義・元阪急ブレーブス・コーチ)

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