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「アリペイ」が中国社会に与えたインパクト

7/3(月) 7:40配信

ITmedia ビジネスオンライン

 日本のモバイル決済普及率は6%――日本銀行が6月に発表した、こんな数字が話題になった。FeliCaなどモバイル決済機能があるスマートフォンの台数は増加しているものの、増加テンポはSuicaなどのカード型電子マネーの発行枚数の伸びを下回っているという。

【中国で爆発的に普及した「アリペイ」】

 しかしこの普及率の低さを「意外」と思うビジネスパーソンは少ないだろう。政府は2020年に向けてキャッシュレス化を進めようとしているが、現金の流通額はむしろ増えている。ATMの多さなど、既存の金融サービスの利便性が、かえってモバイル決済の“壁”となっている。

 それでも、モバイル決済で頭角を現すプレイヤーはいる。例えばLINEの「LINE Pay」は、メッセージアプリ「LINE」を起点としたプラットフォームを生かし、積極的に展開している。17年5月に実施した「みどりくじキャンペーン」や香港での取り組みが功を奏し、飛躍的にユーザー数と流通額を増やした。5月時点で登録ユーザーは全世界で3800万人(日本は3000万人)、流通額は78億円を突破した。Origamiの「Origami Pay」も、主要銀行やクレジットカード会社と提携し、導入店舗を着々と拡大。ファストフードチェーン、コンビニ、ショップのほか、タクシーなどでも利用できるようになってきている。

 とはいえ、これらのモバイル決済は、多くの消費者にとってはまだ一般的な決済の選択肢には入っておらず、「普及が進んでいる」とはとても言えない。では、モバイル決済が普及した社会がどのようなものになるのか? それを知る一助になるのが中国の現状だ。

●アリペイ経済圏

 中国では今、モバイル決済が爆発的に普及している。その中で8割以上のシェアを持つのが、モバイル決済サービス「支付宝(アリペイ)」だ。

 アリペイは、中国で最大のECサイトを運営する阿里巴巴集団(アリババ)の金融部門が独立したもので、70以上の国と地域、8万社以上の加盟店に導入されている。ユーザー数は4億5000万人を突破し、1日の平均取扱件数は1億件以上。中国で最も大きなセールが行われる「独身の日」(11月11日)には、取扱高は1日で1兆円を超えた。

 アリペイでの決済は、スマートフォンアプリ「アリペイ」を立ち上げて、2次元コード(QRコード)を読み込んで行う。レストランでの飲食や店舗での買い物のほか、公共料金の支払いも可能。自動販売機、小さな個人商店、露店でも導入されており、スマホさえあれば現金は必要ないほどだという。

 アリペイが特徴的なのは単なる決済サービスではないところだ。アリババグループが展開しているさまざまなライフスタイル密着サービスや金融サービスとつながり、決済を入り口とした巨大なプラットフォームを形成している。日本で生まれ始めているフィンテック系スタートアップが、全て1つのアプリに接続されているイメージだ。

 例えばアリペイ上には、「コーベイ」(日本では「ディスカバー」)という、加盟店の情報やトレンド情報などを閲覧できるキュレーションサイトやグルメサイトのようなページがある。アリペイユーザーはコーベイを使い、店の情報をチェック。そこから店の予約や決済、タクシーの配車までワンストップに行える。日本の情報ページもオープンしており、中国ユーザーは日本の加盟店情報をコーベイから入手している。

 金融サービスはバラエティに富んでいる。資産形成の「ユエバオ」は、2億6000万人のユーザーを持ち、運用資産額は20兆円を超える世界最大のMMF(マネーマネジメントファンド)。AI(人工知能)で貸付可能かどうか自動で判断する少額ローン「アント・クレジット」なども伸びている。後払いや割り勘サービスなどもある。これらがアリペイを起点につながり、便利に利用できるようになっている。

 アリババが持つ信用情報やディープラーニングを活用して個人の社会信用度を数値化する「ジーマ信用」は、若年層の間で意外な使われ方もしている。「ジーマ信用700点以上の人しか集めないで」――など、合コンの人集めの基準になっているというのだ。

 さまざまな消費活動、投資活動、移動、日常生活の行動に影響しているアリペイ。単純な決済機能ではなく、「アリペイ経済圏」が形成されていると言えよう。

●「決済額40%増」――インパクトの大きい「アリペイ効果」

 これほど中国の人々の生活に根付いているアリペイ。日本におけるアリペイは、中華圏の観光客を呼び寄せるために活用されている。アリペイ運営企業の日本法人、アントフィナンシャルジャパンが6月23日に開いたセミナーでは、それぞれの加盟店が「アリペイ効果」を語った。

○ドン・キホーテ

 インバウンドに注力するドン・キホーテは、中国で普及しているデビットカード「銀聯(ぎんれん)カード」を利用可能にするなど、中国の消費者と親和性の高い決済サービスの積極的な導入を進めていた。2015年のアリペイの日本上陸の流れに乗り、いち早く加盟したという。

 ドン・キホーテが見るアリペイのメリットは、コーベイ(ディスカバー)での情報発信やプロモーション。キャンペーン施策などを展開したところ、中国消費者による決済額が導入前と比べて40%増加した。特に好調なのが都市部の店舗で、午後10時~12時の売り上げが多いという。

○成田国際空港

 2016年に導入。成田国際空港も14年からの中華圏の観光客による「爆買い」ブームの影響は大きく、売上高の半分以上は中華圏の消費者によるものだった。こうした消費者のニーズに応えるためにも、アリペイを導入する必要性を感じていたという。

 現在は成田国際空港内の店舗の9割がアリペイを導入。コーベイを使って店舗情報を発信するなど、さまざまな取り組みを行っている。「決済だけではないというのが最大の魅力。(コーベイでの情報発信など)旅行そのものへのマーケティングツールとしての効果も高い」といい、その効果は、クレジットカード決済を導入したときの取扱高の伸び率の、20倍近いスピードで伸びているほどだ。

○ローソン

 ローソンは17年1月からアリペイに加盟。1万3000店舗に決済システムを導入した。現在、全国47都道府県で利用実績があるという。ドン・キホーテや成田国際空港とは違い、爆買いの影響はコンビニにおいてはそれほど大きな影響はないが、アリペイを用いて何を買っているのかなどの分析は着々と進んでいるという。一番の売れ筋は「焼き鳥」だ。

 また、現場のスタッフの負担が減るという効果もあった。日本の硬貨に慣れない観光客が、小銭をどう出していいのか分からず、時間がかかってしまう――というケースが減ったという。

 6月には、中国と日本でアリペイを用いた相互集客の取り組みも発表。日本のローソンでは「からあげクン」を、中国のローソンでは飲み物の割引クーポンを、それぞれコーベイに掲載し、ローソンのブランド認知の向上を目指す。

●アリペイ日本展開の可能性は?

 アリペイは日本に上陸はしているが、国内の消費者が日常的に使えるモバイル決済サービスとしては展開していない。今後、日本の決済サービスとして進出する予定はあるのだろうか。

 「アリペイというブランドやアイデンティティーは、中華圏では強いですが、日本ではアピールにならない。むしろ心理的なハードルになりうる。日本人が使う“顔”となるサービスは、アリペイではなくて日本企業によるものになると考えています」

 そう語るのは、アントフィナンシャルジャパンの岡玄樹社長。アリペイはさまざまな国で展開しているが、意外なことに「アリペイ」の名を冠しているのは香港のみ。その他の国では現地企業と提携をしている。「Kakao Pay」(韓国)、「Ascend」(タイ)、「Globe」(フィリピン)、「Emtek」(インドネシア)、「Paytm」(インド)――アリペイはこれらのサービスのバックエンドのサポートを行うことで、自社の決済網を世界に広げている。

 では、日本においてアリペイとの“運命共同体”になりうるプレイヤーはどこか。「1つのアプリプラットフォーム構想のもとに、さまざまなサービスを展開している」という点ではLINE Payが近いようにも見える。また、Origamiは既にアリペイと提携して展開しており、関係も深い。しかし岡社長は「どこと運命をともにすれば日本で勝つ可能性があるか、吟味検討している段階」と明言を避ける。

 「LINEは『コミュニケーション』の会社。LINE Payも、コミュニケーションから立ち上がって、決済に移行させたい考えでしょう。一方われわれは、自分たちをフィンテックの会社だと考えています。私たちが重要視しているのは、決済を入り口にしつつも、決済だけではない世界。決済サービスとは違う見え方をしているパートナーに期待しています」

 モバイル決済は、まずはインバウンド需要の取り込みという面で必要とされている。さらに長期的に見れば、グローバルで進みつつある“モバイル経済圏”に取り残されないためにも必要だ。その時シェアを握るプレイヤーはどの企業になるのだろうか。