ここから本文です

ついに負けた藤井聡太四段、30連勝ならずも前人未踏の勝率9割挑戦へ

7/3(月) 6:04配信

スポーツ報知

 ついに神話が終わった。将棋の史上最年少棋士・中学3年生の藤井聡太四段(14)が2日、東京都渋谷区の将棋会館で行われた第30期竜王戦決勝トーナメント2回戦で、後手番の101手で佐々木勇気五段(22)に敗れた。昨年12月24日のデビュー戦で加藤一二三九段(77)に勝利して以降、続いた公式戦連勝記録は「29」でストップ。快進撃は幕を閉じたが、将棋界では誰も成し遂げていない「夢の勝率9割」に挑戦する。

【写真】藤井四段を破った佐々木勇気五段

 グラスに注いだ緑茶をグイッと飲み干し、天井を仰いだ。午後9時31分。藤井は駒台に触れ「負けました」と棋士になってから初めて投了を告げた。

 押し寄せていく報道陣。敗北の感想を求められた14歳は、不意を突かれたように「あ、ハイ」と高い声を出した後で「連勝はいつか止まるものだと思っていましたが、勝負どころを作れずに敗れたのは残念です。うまく指されて完敗でした」。目を閉じてうなだれた。

 新記録を達成した後でも、厳戒態勢下の対局となった。35社、約120人の報道陣が押し寄せた。早朝から現場には警察車両が出動。約100人のファンが「入り待ち」する中、将棋連盟は玄関口に警備員を配し、報道陣には取材許可証の提示を求めた。静かなはずの対局室の上空をテレビ局のヘリが旋回した。

 盤上でも異次元の世界への対応を強いられた。序盤から佐々木の術中にはまる。振り駒で先手番を引いた佐々木は、力戦調になりやすい戦型「相掛かり」に導き、前例のない序盤戦を展開した。終始、難解な局面が続き、経験のない消耗戦に突入する。20分間を超える考慮が5度。持ち時間の消費がボディーブローのように効き、逆転はならなかった。

 佐々木戦は最も待望していた一戦だった。決勝トーナメント進出を決めた翌朝の5月26日、藤井は言った。「実は…佐々木先生と指してみたいんです」。まだ佐々木はトーナメント進出の懸かる4組決勝を戦う前。藤井が特定の棋士との対決を望んだ例はない。理由を尋ねると「佐々木先生は独特の将棋を指されるので…」と答え「負けてますし…」と苦笑いを浮かべた。昨年5月、棋士になる前の奨励会三段時代に「岡崎将棋まつり」の記念対局で敗れていた。雪辱を期したが、佐々木将棋の独創性の前に返り討ちに遭った。

 敗れはしたが、4月時点でプロだった棋士が対象となる「年度勝率」は現在9割5分。1967年度に中原誠十六世名人が記録した最高勝率の8割5分5厘(47勝8敗)を超える可能性は十分ある。日本将棋連盟常務理事の井上慶太九段は「藤井四段の連勝記録は空前絶後で、神懸かり的。1年間指してみて、夢の(勝率)9割台までいくかもしれない」と前人未到の勝率9割の可能性に言及した。

 6日には順位戦C級2組の中田功七段(49)戦が待つ。1年2か月前、佐々木との記念対局に敗れた藤井はコンピューターソフトの研究を始め、飛躍への足掛かりにした。一気に崩れるか、踏みとどまるか。14歳の胆力が問われている。

 昨年12月から始まった連勝。白星を重ねるごとに話題となり、日本中の注目を浴びた。会館を去る前、藤井に聞いた。「騒動は一段落する。ちょっとホッとしたのでは?」。4秒ほど考え、何かを言おうとしてやめた。「…負けたことが単純に残念です。また一局一局、指していきます」。弱みなど見せない。いつの間にか笑顔に変わっていた。(北野 新太)


◆スポーツ界の“夢の記録”
 ▼打率4割 プロ野球では、86年に阪神・バースが記録したシーズン打率3割8分9厘が歴代最高。今年、日本ハム・近藤健介が出場50試合で打率4割7厘だったが、ケガで離脱。米大リーグでは41年にテッド・ウィリアムズ(Rソックス)が4割6厘を記録して以降、現れていない。
 ▼9秒台 陸上100メートルの日本記録は98年に伊東浩司が記録した10秒00。15年3月に桐生祥秀が3.3メートルの追い風参考で9秒87。世界記録は09年にウサイン・ボルトがマークした9秒58。

最終更新:7/3(月) 16:04
スポーツ報知