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巨人・斎藤雅樹2軍監督、母校“最後の夏”に「悔いの残らないよう頑張って」

7/3(月) 10:00配信

スポーツ報知

市川口が学校統合で来春から「川口市立」に

 野球殿堂入りした巨人・斎藤雅樹2軍監督(52)の母校でもある市川口(埼玉)が、2018年4月の学校統合で川口市立となるため、8日開幕の埼玉大会が“最後の夏”となる。現校名での甲子園初出場へ向けて長井秀夫監督(58)や選手が意気込みを語り、斎藤2軍監督が母校へメッセージを送った。(秋本 正己)


 紺の縦じまで胸に漢字で「市立川口」とあるユニホームは自分たちが3年の夏につくったもので、ずっと続いていますからね。校名が変わるのは寂しいですよ。現役の選手の皆さんには、悔いの残らないよう頑張ってほしいですね。

 市川口の野球部は僕にとっての原点です。川口リトルの仲間が(同じ)高校で野球をやろうとなり、「じゃあ一緒に」となって受験して入学し、野球部に入りました。野球だけの学校ではなかったし、練習も上級生の“指導”もメチャクチャ厳しいというわけではなかったけど、かえってそれがよかったかも。強豪校に入っていたら今の自分はあったかな(笑い)。

 一番の思い出は3年夏に決勝まで進んだこと。当時、開会式と準々決勝以降は西武球場が会場でした。準々決勝の春日部工戦では本塁打を打ちました。当時は上尾が優勝候補の筆頭。日野君という好左腕がいて打線もよくて、我が校はどこまで食いついていけるかというところでした。大会前は甲子園に行けるとは思わず、5月に夏休みの新島旅行を予約していたほど。ところが上尾が早々に負けたから「甲子園に行けるかな?」と思ったりもして。決勝に進んだけど、熊谷に1対3で負け。5回戦から4連投になって最後は疲れもあったのかもしれないけど…。悔しかったなあ。監督の内山(清)さんは以前、阪神の選手だったので、1度は甲子園に連れていってあげたかった。

 今でも当時の仲間と年に1度集まりますが、毎年のように決勝で負けた時の話が出てきます。「甲子園に行きたかったなあ…」と。それだけ悔しいものですよ。

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最終更新:7/3(月) 10:00
スポーツ報知