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MVNOのSIMが手元に届くまでに行われていること

7/4(火) 6:25配信

ITmedia Mobile

 スマートフォンや3G・LTE対応タブレットを利用するために欠かせないSIMカード。大手家電量販店の携帯電話コーナーでは、MVNO各社のSIMカードがパッケージに入れられて並んでいる様子がよく見られます。

【SIMカードが出荷されるまでの流れ】

 また、店舗に設けられたMVNOの契約カウンターでは、スタッフがその場でSIMカードを用意して渡してくれますし、Webで申し込みを行った場合は宅配便などでSIMカードが送られてきます。これらのSIMカードが利用者の手元に届く前には、どのような工程を経ているのでしょうか。

●MVNOのSIMカードはキャリアのもの

 現在日本に存在するMVNOは「ライトMVNO」と呼ばれ、MVNO自身がSIMカードを発行することはできません。筆者の所属するIIJでは、自社でSIMカードを発行する「フルMVNO」になるための準備を進めていますが、現時点では他社同様に「ライトMVNO」であり、「IIJのSIMカード」はまだ世の中に存在しません。

 それでは、利用者の手元に届いている「MVNOのSIMカード」は誰が発行しているのかというと、MVNOが設備を借りているキャリア(MNO)が発行しているのです。

 多くのMVNOが設備を利用しているドコモでは、MVNO向けに会社名の記載がない白地SIMカードを提供しているため、一目見ただけではドコモのものとは分かりません。しかし、中身はドコモ自身が使っているものと同様です。この白地のSIMカードは2015年12月以前提供されるようになったもので、それ以前はドコモのロゴが入ったSIMカードが提供されていました。また、au、ソフトバンクの両者がMVNOに提供しているSIMカードは、現在でも各社のロゴが入っています。

●「SIM焼き職人の朝は早い」――パッケージSIM

 SIMカードにはさまざまな情報が記録されていますが、その中でもICCID、IMSI、MSISDN(電話番号)などの各種IDや暗号化のための鍵が、携帯電話網との通信の際に利用されます。

 しかし、キャリアからMVNOに納品されたSIMカードに書き込まれているのはICCIDのみで、その他の情報は書き込まれていません(ドコモの場合)。ですので、このSIMカードをそのままスマートフォンに取り付けても通信はできません。MVNOはSIMカードがキャリアから納品された後に、自分たちでこれらの情報を書き込むことで、通信に使えるSIMカードに仕立てています。

 これら、携帯電話網との通信に必要な情報を書き込むことを「プロビジョニング」といいます。このプロビジョニング作業のことを「SIM焼き」と言ったり、プロビジョニング前のSIMを「白SIM」、プロビジョニング後のSIMを「黒SIM」などと呼んだりすることがあります。公式な呼称ではないのですが、MVNO関係者の間ではおおむねこの呼び方で意図が伝わるように思われます。

 SIMカードに書き込まれている情報は、単に書き込まれてさえいればいいというものではありません。例えば、SIMカードを取り付けたスマートフォンの電源をオンにした際、スマートフォンはSIMカードから読み出したIMSIを携帯電話網内にある機器に通知します。携帯電話網内には、HLR、HSSと呼ばれる機器があり、ここに登録されたIMSIとSIMカードのIMSIが一致して初めて通信が許可されます。

 ですので、プロビジョニングの際には、SIMカードに情報を書き込むだけでなく、同時に携帯電話網内のデータベースに対応する情報を保存する必要があります。これを実現するため、SIMカードのプロビジョニング作業は、キャリアのシステムと連携したシステムで行う必要があります。実際には、MVNOの作業拠点にキャリアの設備と通信するための回線が引き込まれ、そこにキャリアから貸し出されたプロビジョニングのための装置を設置し、オペレーターがそれを操作することになります。

 また、MVNOは自社がどれだけのSIMカードを用意したかを管理する必要があります。キャリアから貸し出されるプロビジョニングのための装置ではMVNO側の事情に応じた管理はできないので、MVNOは別途自社のSIM管理のためのシステムを作り、そこにデータを登録する必要があります。

 結果として「SIM焼き」の現場では、次のような作業が行われることになります。


1. キャリアから提供された「白SIM」を、キャリアのプロビジョニング装置にセットする
2. MVNOのオペレーターがプロビジョニング装置を操作し、SIMカードに情報を書き込む。同時にキャリアのシステムにもSIMカードの情報が登録される
3. 書き込んだSIMカードに関する情報を、オペレーターが自社の管理システムに登録する
4. 完成した「黒SIM」をMVNOのパッケージにこん包して出荷する

 このようにしてMVNOが作りだめ、物流に乗って届けられたものが、量販店の店頭にあるパッケージングされたSIMなのです。

 大規模なMVNOでは、多数の店舗にSIMを配置するために大量のパッケージを作る必要があります。MVNOの作業拠点では「SIM焼き職人」とでもいうオペレーターが、毎日の生産計画に合わせて1枚ずつ手作業でSIMを焼き続けているのです。

●「お店で焼いています」――カウンター渡しSIM

 ところで、量販店店頭にあるパッケージのSIMは、「データ通信専用」あるいは「データ通信・SMS対応(音声通話非対応)」のものばかりで、「音声通話対応SIM」がパッケージとして提供されることはありません。これは、SIMに書き込まれる電話番号の取り扱いに理由があります。

 データ通信専用のSIMであっても電話番号が割り当てられている、ということに気づいている方は少なからずいらっしゃるかと思いますが、その電話番号を意識して使っている方はほぼいらっしゃらないかと思います。実は、データ通信専用のSIMの電話番号は、そのSIMを区別する以外に使い道がありません。

 一方、音声通話対応SIMでは、電話番号は「電話」に使いますので、とても重要な意味を持ちます。他の携帯電話会社からMVNOに契約を変更する際に、それまで使っていた電話番号を継続して利用する「MNP転入」をする場合もあるでしょう。ここで、SIMにどのタイミングで電話番号を書き込むのかが問題となってきます。

 量販店の店頭に配置されたパッケージのSIMは、前述のようにMVNOの作業拠点であらかじめ電話番号などの情報が書き込まれています。この時点では、どのSIMがいつ、誰が利用するものかは分かりません。もし、利用者がMNPで転入したいと思っても、パッケージのSIMには既に電話番号が書き込まれているため、販売時にそれを書き換えられないのです。これでは利用者の要望を満たせません。

 そこで登場したのが、MVNOの契約を受け付ける専門の店舗や量販店のカウンターです。これらのカウンターでは、利用者との契約手続きを行うだけでなく、店舗内でSIMのプロビジョニングを行っています。多くの場合、カウンター付近やバックヤードに通信回線が引き込まれ、プロビジョニングのための装置が設置されています。これは、MVNOがキャリアから借り受けた装置を店舗に設置する、という形になっています。プロビジョニング装置の近くにはMVNOの管理システムの端末も設置され、物流拠点で行われているような「SIM焼き」作業が行われています。

 これにより、MNP転入を希望する利用者が現れた場合でも、その場で引き継ぐ対象の電話番号を新しいSIMカードに書き込むことができるのです。

●SMS対応SIMの場合

 SMS対応SIMの場合、SMSの送受信に電話番号が使われますので、データ通信専用SIMとは事情が異なります。しかし、SMS対応SIMはMNP制度の対象ではなく電話番号を引き継ぐことはできません。プロビジョニング時には新しい電話番号を割り当てることしかできませんので、店頭でプロビジョニングするメリットはありません。このためMVNOによってはデータ通信専用SIMと同じようにプロビジョニング済みのSIMをパッケージで店頭販売している場合もあります。

●「半分焼いた状態でお届けします」自宅開通SIM

 カウンターにプロビジョニングの機器を置くことで、音声通話対応SIMのMNP転入に対応できます。しかし、カウンター設置のためには地代や人件費はもちろん、プロビジョニング装置を利用するためのコストが掛かります。小規模なMVNOでは店舗をやカウンターを構えないこともありますし、大規模なMVNOであっても、大手携帯電話会社のように全国津々浦々に店舗を設けることは困難です。そこで利用されるのが、Web申し込みなどによる通信販売方式です。

 通信販売方式で音声通話対応SIMでMNP転入を受け付ける場合、申し込み時に引き継ぐ電話番号を確認し、MVNOの作業拠点でその番号をプロビジョニングで書き込みます。その後、電話番号が書き込まれたSIMを宅配便などで利用者の元へ届けます。

 先ほど、プロビジョニングの際にはSIMカードへの情報書き込みとキャリアのシステムへの情報登録が行われると書きましたが、MNP転入を行う場合は「転入元の携帯電話会社が発行したSIMカードを無効にする」という手続きが同時に行われます。これを行わないと、同じ電話番号を持った異なる会社のSIMカードが同時に複数の携帯電話会社から発行されることになり、電話の発着信に支障が出るためです。ところが、通信販売方式の場合はこれが問題となります。

 利用者にSIMを渡すためには、新しいSIMのプロビジョニングをしなければなりません。新しいSIMのプロビジョニングをすると、古いSIMが無効になり、利用者のスマートフォンが使えなくなります。しかし、このタイミングで新しいSIMはまだMVNOの作業拠点にあります。直ちに宅配便で発送したとしても、新しいSIMが利用者の手元に届くまでの数日間、利用者は電話が使えない状態で待つことになってしまうのです。

 そこで、通信販売方式では、SIMのプロビジョニングを2段階に分けるというやり方を取ります。まず、MVNOの作業拠点でSIMに電話番号を書き込みますが、このタイミングではキャリアのシステム上の情報は完全には登録されない、保留状態として扱われます。また、MNPする前の古いSIMカードの無効化も行われません。この状態で新しいSIMカードを利用者の手元に送り、利用者がすぐにスマートフォンのSIMを交換できるように準備ができたタイミングで、キャリアのシステムへの情報の登録と、古いSIMの無効化を実施するのです。こうすることで、SIMの配送にかかるタイムラグを回避してMNP転入が行えるようになりました。

 この、「電話番号などの情報は書き込まれているが、キャリアのシステムに登録されていないSIM」は通称「半黒SIM」と呼ばれています。名前からは生焼けのSIMのような印象を受けますが、実際にはSIMとして必要な情報は全て書き込まれた完全な状態です。完全な状態であっても、キャリアのシステムに情報が登録されていないため、半黒状態では通信には利用できないのです。

●物流と黒SIMのコスト

 MVNOはキャリアが発行するSIMカードの提供を受けていますが、これにかかるコストはどのように処理されるのでしょうか。ドコモの場合、新規開通の手続き費用として2000円(税別、以下同)、USIMカード貸与にかかる費用として394円がかかることが約款に定められており、SIMカードのプロビジョニングを行ったタイミングでこの費用が発生します。また、プロビジョニングを行ったSIMについては、基本使用料として毎月97円が請求されます。これは、通信を全く行わなかった場合でも発生します。

 つまり、量販店の店頭に並んでいる黒SIMが入ったパッケージは、店頭に在庫しているだけで97円が毎月請求されるのです。これはMVNOにとっては地味に痛い出費です。多くの店舗にSIMを配置することができれば、自社のSIMが手に取られる可能性は上がるでしょう。しかし、そのためには店頭に在庫されるSIMの量が増え、それが月々のコストとなって跳ね返ってくるのです。

 支払金額が決まっているプリペイドタイプのSIMだと、長期在庫してしまうと赤字になる恐れさえあります。特に旅行者向けの短期間利用のプリペイドSIMではその傾向が強くなっています。MVNOの負担を押さえるために店頭在庫をなるべく減らし、回転をよくしなければなりません。その上で売り切れを回避するためには、適切な生産調整と頻繁な納品が必要になります。まるで生ものを扱っているようです。

 この状況は、SIMカードを自分で発行できず、キャリアが定めたプランの中でビジネスを組み立てなければならないライトMVNOの制約の1つです。フルMVNOであれば、SIMカードの調達コストや設備コストをどのように回収するか、自社でプランを組み立てられるため、別の解を見つけられるかもしれません。

●使い終わったSIMは返却が必要なの?

 最後に、解約などによって使わなくなったSIMの扱いを取り上げましょう。規約を見ていると、使わなくなったSIMカードはMVNOに返却するように、と指示されていると思います。実は、MVNOに提供されるSIMはキャリアからの貸与(レンタル)品なので、MVNOはそのSIMを利用者にまた貸ししています。MVNOとしては、キャリアから借りたSIMを勝手に処分してよいというわけにはいきませんので、利用者にもSIMの返却を求めているのです。

 ちなみに、キャリアにSIMを返さなかった場合でも、MVNOがキャリアからペナルティを受けることは今のところないようです。IIJでも利用者からSIMが返却されなかった場合のペナルティは今のところ特に設けていません。

●著者プロフィール

堂前清隆

株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) 広報部 技術広報担当課長

「IIJmioの中の人」の1人として、IIJ公式技術ブログ「てくろぐ」の執筆や、イベント「IIJmio meeting」を開催しています。エンジニアとしてコンテナ型データセンターの開発やケータイサイトのシステム運用、スマホの挙動調査まで、インターネットのさまざまなことを手掛けてきました。

・Twitterアカウント @IIJ_doumae
・IIJ公式技術ブログ「てくろぐ」 http://techlog.iij.ad.jp/

最終更新:7/4(火) 6:25
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