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岐阜空襲から72年 女子大生がデジタルアーカイブ化

7/4(火) 9:24配信

岐阜新聞Web

◆焦土からの復興伝える
 岐阜市中心部を焦土にした「岐阜空襲」から9日で72年を迎えるのを前に、愛知淑徳大人間情報学部4年の国廣有紀さん(21)=同市=が、空襲時と今の様子をタブレット端末で見比べられるデジタルアーカイブを作った。国廣さんは「平和だったからこそ(焼け野原の後に)これだけのビルが建ったのだと実感した。改めて平和が大事だと思った」と語る。3日にみんなの森ぎふメディアコスモス(同市司町)で始まった「子どもたちに伝える平和のための資料展Ⅰ」(12日まで)で操作できる。
 国廣さんは大学でデジタルアーカイブの制作を学んでおり、パワーポイントで作った。卒業研究の一環で昨年6月、空襲後の市内の写真を持つ、「岐阜空襲を記録する会」の篠崎喜樹代表(82)に連絡して制作を始めた。
 きっかけは小学校の頃の思い。お年寄りから戦争体験を聞いたり教科書で空襲について学んだりしたが、「すべて焼け野原で何がなんだか分からなかった。今の様子と比べられたら分かりやすいのに」と考えたという。
 篠崎さんから現在と比較できそうな写真約30枚の提供を受け、一緒に昨年8月から写真を撮った。山の形や通りから現在の位置を確認したという。今年6月には十六銀行本店(同市神田町)10階に特別に入り周囲を撮影。先月下旬までに約30組の写真を完成させた。篠崎さんは「若い人が最新の技術を使って歴史的な遺産を世の中に出すことはすばらしい」と話している。
 アーカイブには10組の写真を収録。通りやランドマークには名前のほか色も付け、比較しやすいようにしている。十六銀行本店から南側を見た写真では、昔も変わらず長良橋通りはあるが、名鉄岐阜駅のある場所は焼け野原になっている。また北東方向を見ると今はビルが密集しているが、当時は焼け跡の中を市電が走っているのが分かる。
 タブレットは資料展期間中、正午から午後4時ごろの国廣さんがいる時間帯に操作可能。市民に触れてもらい、使いやすさなどを確認するという。
 国廣さんは「小中学生でも分かりやすいように作りました。平和学習の教材に使ってもらえたらうれしい」と話している。

岐阜新聞社

最終更新:7/4(火) 10:24
岐阜新聞Web