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呉屋秀信氏が死去 金秀グループ創業者 89歳

7/5(水) 0:40配信

琉球新報

 金秀グループ創業者で沖縄県経営者協会会長、県工業連合会会長などを務めた呉屋秀信(ごや・ひでのぶ)氏が4日午後9時52分、心不全のため豊見城市内の病院で亡くなった。89歳。西原町我謝出身。1947年に設立した金秀鉄工所からスタートし、現在10社からなる金秀グループを一代で築いた。経営協、県工連会長としてリーダーシップを発揮し、沖縄経済の発展・自立に尽力した。首里城復元期成会会長なども歴任し、文化復興にも力を注いだ。
 呉屋氏は1928年4月10日生まれ。西原町名誉町民。44年沖縄製糖工員養成所を卒業、47年金秀鉄工所を創業した。その後金秀本社、金秀建設、金秀鋼材、金秀アルミ工業、金秀商事などを設立、グループは最大18社を数え、県内有数の企業グループに発展させた。
 96年琉球新報賞受賞、2015年旭日小綬章。

 県内大手企業で初めて連結決算を導入するなど経営革新に取り組んだ。経営協では会長職に任期制を取り入れ、後継者を育成した。県工連会長時には同郷の平良幸市知事(当時)に働き掛け、業者主体だった県産品愛用運動を発展させ、県主導による「沖縄の産業まつり」開催につなげた。

 金秀児童育成財団(現・金秀青少年育成財団)を設立して高校生、大学生に奨学金を提供、県社会福祉協議会会長も務めた。首里城復元期成会、那覇大綱挽保存会、泡盛同好会、沖縄空手道連合会の各団体で会長を務めた。小学生時代に始めた空手は九段。
【琉球新報電子版】

琉球新報社

最終更新:7/5(水) 9:37
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