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ベビー用品のピジョンが圧倒的シェアを獲得できる理由

7/5(水) 6:52配信

ITmedia ビジネスオンライン

 日本の出生数がついに100万人を割った。厚生労働省の発表によると、2016年に生まれた子どもの数は97万6979人で、調査が開始されてから初めて100万人を下回った。

【タイヤを工夫したベビーカー「Runfee」】

 そうした逆風をもろに受けながらも業績を伸ばしているのが、ベビー・ママ用品を扱うピジョンだ。同社は哺乳器の国内市場シェアが78%、哺乳びん洗剤が83%、さく乳器・母乳パッドが71%と圧倒的だ(2017年1月度 インテージPOS全国BS・DRG合算<単月> 拡大推計値より 哺乳器・さく乳器・母乳パッドは金額シェア。哺乳びん洗剤は数量シェア)。

 同社の強さの源泉とは何か? 経営戦略は? 一橋大学大学院 国際企業戦略研究科(一橋ICS)の大薗恵美教授が、ピジョンの山下茂社長にインタビューした(以下、敬称略)。

●哺乳の3原則を発見

大薗: ピジョンの経営戦略の特徴は、0~18カ月の赤ちゃんとそのお母さんにターゲットを絞り込んでいる点です。主力商品である哺乳器は国内市場で7割以上というシェアを占めていますが、どうしてここまで顧客から支持されているのでしょうか?

山下: ピジョンの顧客はお母さんたちで、扱っている製品は育児用品。育児用品というのは限られた期間でしか使いませんが、創業時から哺乳器を中核商品に据えています。

 多くのママが「母乳育児」を望んでいますが、さまざまな事情から母乳をママのおっぱいから直接あげられない場合もあります。そんなとき、授乳をサポートする哺乳器が必要となります。

 哺乳器を製造するための機械や原材料など、決してハイテクではありませんが、ピジョンはその品質を高める取り組みを長年続けていて、技術を磨いています。それが大きな強みです。授乳をサポートする哺乳器の代替品はありませんし、なかなかイノベーションが起きにくいのが現状です。

大薗: 確かにそうですね。何らかの事情でママのおっぱいから直接母乳を飲めないとき、赤ちゃんは哺乳器で飲みますからね。

山下: また、哺乳器は日本で30億円程度と、この市場がそれほど大きくはないことも無関係ではありません。育児用品はせいぜい2~3歳くらいまでが対象で、大企業が参入しにくいのです。現にピジョンの競合メーカーの1つにオランダのフィリップスの子会社で、アベントという会社がありますが、この業界では大手と言えばそのくらいです。例えば、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やジョンソン・アンド・ジョンソンも市場に入ってこようとしましたが、哺乳器のような領域ではなかなか成功しませんでした。

 新規参入も難しい市場です。国内に関しては、少し変わりつつありますが、歴史的に代理店経由で販売を行うビジネスモデルです。海外にはさまざまなメーカーがあるのですが、国内代理店と契約して、ドラッグストアなどに流通させるのはなかなか難しいのです。最近はベビー用品の専門店が増えてきて、海外のプレイヤーと直接取引もしていますが、まだマジョリティではありません。

 かたやピジョンは国内事業をビジネスの源泉にして海外に打って出ました。現在、海外売り上げは約半分にまで成長しましたが、海外売り上げ比率が10%を超えたのは2000年と、決して昔から海外でも強かったわけではありません。当初は日本で作った商品をそのまま海外で販売していましたし、商品の魅力ももうひとつでした。

 他社と違った付加価値をはっきりと提供できるようになった商品が、2010年に発売した「母乳実感」でしょう。

 当社では、哺乳に関する基礎研究を行っており、哺乳3原則を発見しました。哺乳の運動は、(1)吸着(パクッとくわえる)(2)吸啜(舌の動きで母乳を引き出す)(3)嚥下(ゴックンと飲み込む)という3つの原則から成り立っているというものです。

 この原則に基づいて開発した哺乳器「母乳実感」は、日本だけでなく海外でも販売し大ヒット商品となりました。実際、赤ちゃんの5人に1人くらいが「乳頭混乱」という問題に直面するようです。これは、お母さんのおっぱいから母乳を飲んでいた赤ちゃんが、何らかの事情で哺乳器から母乳やミルクを飲む際に、お母さんのおっぱいと違うと感じて哺乳器を嫌がること、また逆に、哺乳器で母乳やミルクを飲んでいた赤ちゃんが、お母さんのおっぱいから授乳するときに嫌がることです。

 母乳実感は、この乳頭混乱を起こしにくい哺乳器なのです。さまざまな事情で母乳をママのおっぱいから直接あげられないときに、授乳をサポートできる哺乳器として、多くの国のお母さんたちに使っていただいております。

大薗: 国内で強みを確立したのに、海外ですぐには成果が出なかったというのは興味深いです。

山下: 海外のビジネスで成功する要因は2つあると考えています。1つはブランドで、もう1つはディストリビューション。

 国内や中国もそうですが、直販体制ではないため、販売代理店網をどう作るかが成功のカギを握ります。ただし、それができてもブランドが認知されていなければ意味がありません。ブランドの信頼性を高めるためは商品やサービスの質が重要です。

 では、お母さんたちはどうやって哺乳器の購買を決めるのだと思いますか? 国内、海外問わず共通するのは、医師や看護師の推奨です。病院で使われている製品は信頼が増すので、ピジョンは病院への普及活動に力を入れました。

 加えて、中国では政府との取り組みによって母乳育児を推進しています。単に哺乳器だけではなく、母乳育児を推進するメーカーとしての立ち位置をとりました。アフターサービスを充実させ、育児の悩みや困りごとなど、商品以外の相談にも乗っています。こうした顧客とのダイレクト・コミュニケーションが効いてきています。

 競合と比べて商品群の幅広さも差別化ポイントになっています。育児全般をトータルでカバーできるメーカーはあまりないです。そして常に新しい価値を持った製品を出すべく、商品開発には力を入れています。ピジョンの「開発力」は基礎研究、行動観察力、デザイン力という3つの柱から成り立っており、これが他社にまねのできない当社ならではの価値を提供する力(コアコンピタンス)の源泉となっています。

大薗: 病院へのアプローチは国内での取り組みに原型があると思いますが、日本と中国を比較したときの共通点は何ですか? 中国独自のものはありますか?

山下: 病院とのつながりに関して、日本より中国の方が強いです。中国の衛生省が推奨している「母乳育児相談室」は10年以上も前からパートナーに認定されています。この相談室は、中国の各省にある大きな病院に設置されていますが、他社が同じことをやりたいと思ってもできないことです。さらに、病産院での医療従事者向けの勉強会を実施するなど、取組を深化させています。

大薗: 国レベルの役所に認定されると、全国の病院に導入できるのですか?

山下: あくまでも母乳育児の相談室なので、哺乳器などの商品はいっさい陳列できません。ただ、ピジョンのロゴが大きく入ったポスターは壁に飾ったりはできます。

●新しい事業への取組み

大薗: ピジョンには幅広い製品がある一方で、手を出していない製品もあります。例えば、粉ミルクやベビー服などです。その判断はどのように行っているのでしょうか。

山下: 実はいろいろと失敗はしているのです。ベビー服もつい最近まで海外でやっていた地域がありました。ただ、先ほど申し上げた、我々のコアコンピタンスである「開発力」の3つの柱が生かせるものなのかどうかは基準になります。そして、そこにはどういう競合がいるのか、ピジョンの強みが生かせるのか、マーケットの規模はどのくらいか、ということも考慮しています。

 その点で言えば、ベビー服はそれに当てはまらないですね。「開発力」の3つの柱のうちの1つにデザイン力を挙げていますが、実はこれは私が社長になってから言い始めたことなのです。「ピジョンは安心、安全で信頼できるブランドだけど、デザインが少し良くないよね」という顧客の声が多かったためです。現在は、若い女性デザイナーを起用するなどデザイン力を高めようとしていますが、ベビー服はデザイン1本で勝負するような領域であり、われわれが得意とする基礎研究や行動観察を生かしにくく、これからそこに注力するのは違うのではと考えています。

 粉ミルクについても、競争相手がものすごく巨大である一方で、我々には基礎研究の厚みなど全くありません。いくらピジョンにブランド力があると言っても、何でもかんでも手を出すというのは、逆にブランドの棄損につながります。

大薗: そうした中で、ベビーカーの市場に参入したのはなぜですか。ここは大変競争が激しい市場で、マクラーレンなどの海外ブランドも次々と日本に入ってきています。

山下: ピジョンは最後発で、今のところシェアは10%程度ですが、ベビーカーを新たな国内事業の柱にしていこうと考えています。なぜなら「Runfee」という新商品は行動観察の成果から生まれた自信作だからです。

 これまで国内のベビーカーは軽量であることが第一でした。軽くするためにタイヤも小型なものが多いのですが、これだと小さな段差を乗り越えにくいです。例えば、歩道と車道の間など、日本には2センチ程度の段差が至るところにあって、ここでベビーカーがつまずくと、クルマの急ブレーキの約5倍の負荷がベビーカーかかるのです。ピジョンの研究によってこの事実を発見しました。

 今まで段差を乗り越えやすいベビーカーを作ってほしいという声はほとんどありませんでした。当社は、お母さん1000人に、「ベビーカー使用時に段差があることをストレスを感じるか?」と聞いたところ、8割のお母さんがストレスを感じていると分かりました。そこで16.5センチの大径シングルタイヤを備えたベビーカーを開発したのです。

 このベビーカーは取り回しが良く、町中にある歩道と道路にある2センチ程度の段差も軽々と乗り越えられます。今までの国内ベビーカー業界は軽量を重視した商品開発が進んでいましたが、消費者インサイトを深くつかめていなかったのです。そこに我々は気が付くことができたのです。

大薗: 段差の乗り越えが難しいというのは、アンケートすれば出てきそうなものですが……。

山下: 確かに消費者アンケートでは、段差で引っかかるのは困るという意見は出ていましたが、それがベビーカーの購入重視点にはなっていなかったのです。ベビーカーは少しくらい引っかかるのが当たり前で、むしろ軽くてコンパクトの方が大事だったのです。ところが、我々の研究で、それが赤ちゃんに良くないというのが分かったので、消費者の認知が一気に進みました。

 それと、ベビーカーを買う前は、お母さんたちも使ったことがないので、段差で引っかかるというのが分からないということもあるでしょう。購入して、使ってみて初めて分かることですから。

●国の価値観に合わせた商品開発を

大薗: 元々、0~18カ月の乳幼児にフォーカスした理由の1つに、この発達段階においては文化や習慣、社会の影響を受けずに世界共通のニーズがあるから、良い哺乳器を作ればローカライゼーションしなくても世界中で売れるという目算があったからですね。海外事業において商品はローカライズしないのでしょうか?

山下: 商品の機能などは若干ローカライズしています。当然、国によって所得差がありますので。例えば、インド市場は売り上げが伸びていますが、フラッグシップ商品である「母乳実感」の比率はまだまだ少ないです。

大薗: すると、インド市場向けには、より安価な、しかしピジョンらしいものを開発しているということですか?

山下: 現地のニーズを取り込んだ形で新製品を出しています。インド発の安価タイプの搾乳器は、ベースの機能は削っていませんが、構成する部品を減らしたりしています。

 中国では価格の高い商品が好まれる傾向にありますが、インドはそういうことがないです。たとえお金持ちでも安価な商品を買います。国ごとに独特の価値観があるので、それに合わせて商品を変えていかねばなりません。

大薗: 本日はどうもありがとうございました。

(伏見学)