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85歳で現役販売員:日本で薄れる定年の考え

7/5(水) 9:32配信

ウォール・ストリート・ジャーナル

 【神奈川県平塚市】化粧品大手ポーラの店舗でしわ改善クリームや美容品を販売する飯田芳子さんは、85歳になった今も流行の仕掛け人だ。週に6日は出勤し、女性販売員のチームを統括する。全員が一般的な定年年齢を超えている同販売チームの売り上げは、地域内の多くの店舗を上回る。「健康であれば(この仕事を)やっていたい」と飯田さんは話す。

 65歳以上が人口の4分の1を占めるようになった日本だが、飯田さんの顧客も多くが高齢者だ。ポーラの商品を35年にわたって愛用する井上朋子さんもその1人。「元気の素」と表現する飯田さんの存在が同社商品を利用し続ける大きな理由だとする。

 日本の各企業や従業員の間には定年年齢について見直す動きがある。高齢化社会を支えるコストを懸念する政府も、高齢者の継続雇用を推奨し、65歳以上を雇用する一部事業主には助成金も支給する。

 日本の大手企業の多くでは、まず60歳で正社員ではなくなり、その後5年から10年にわたって契約社員として働く2段階の定年制度を採用している。

 企業側の意図は、働き盛りを過ぎた労働者を抱えておくコスト負担を軽減することにある。しかし一部の企業は、そうした定年退職制度は短絡的だと気付きつつある。特に、何十年もかけて積み上げた顧客リストを持つ飯田さんのような人材を抱える販売ビジネスの現場ではそうだ。高齢の顧客層をターゲットに営業する場合、高齢者以上に適任の人材はいるだろうか?

 ポーラ化粧品の販売スタッフは4万2000人。そのうち、70代、80代、そして90代が1500人を占める。トータルビューティー事業を担当する及川美紀取締役は、「長く働いていただいているので、お客様との関係性がその分長い。つながりが深いので信頼関係がものすごくある」と語る。

 大和証券グループ本社は以前、契約社員として働くベテラン営業職の年齢上限を70歳に設定していた。その制度は最近になって撤廃され、同社の中田誠司最高経営責任者(CEO)は「最も金融資産を保有する60歳代から80歳代と同年代のコンサルタントの配置が可能となる」と話す。

65歳以上の23%が就労

 経済協力開発機構(OECD)の2016年の調査によれば、65歳以上で仕事に付いている人の割合は日本が約23%と、先進7カ国(G7)で最も高い。

 しかし、こうした高齢労働者の多くはコンビニエンスストアの店員など最低賃金に近い給与条件で働いている。

 ニッセイ基礎研究所の前田展弘主任研究員は、多くの企業が高齢者はミスをしやすく、若い労働者ほど能力がないと決めつけてしまっていると指摘。「誰かが背中を押さない限り進まないのが実体。会社にとって有意義になると分からない限りはだめ」と話す。

 一方、財界の一部からは、高齢社員を幹部職に引き留めるコストなどを理由に、定年年齢の引き上げに消極的な声も聞こえる。日本経済団体連合会(経団連)は、高齢の社員を雇用し続けることで、昇進を目指す若手社員のやる気をそぐ可能性もあるとする。

 乳酸菌飲料メーカーのヤクルト本社は、販売員については定年年齢を持たない。女性を中心に60歳以上の販売員は約5000人在籍し、オフィスや住宅を訪問して商品を売っている。

 ヤクルトやポーラの販売員は正社員ではなく業務委託契約の形をとるため、会社側も高齢者を雇用し続けやすい側面がある。

 ポーラの飯田さんは1964年から販売員として顧客獲得に奔走し、商品をかばんにつめて一軒一軒を回った。夫からは専業主婦として子供2人を育てるよう期待されていたため、当初は何年も仕事をしていることを隠していたという。

 ゴルフや日本舞踊が趣味だと話す飯田さんは、「いいお客さんでも今でも緊張して、お話しをする時は真剣に。それが1番の長続きするコツ」だと語る。今は顧客のほとんどが60歳以上だ。

 当初は説明書を読み込んで商品知識を蓄えた飯田さんだが、今は若い同僚と一緒にポーラが主催する説明会に出席し、新商品について学ぶ。半期ごとに売り上げランキングが発表されるため、販売員も成績を上げようと必死だ。周辺にあるポーラの店舗は月間売上高が200万円程度だが、飯田さんの店は約250万円に達する。

 「世の中何でも勝負」だと飯田さんは話す。

By Megumi Fujikawa