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“お山の大将”だった久保裕也に変化もたらした一戦

7/6(木) 11:00配信

東スポWeb

【恩師が語る日本代表エース・久保裕也の原点(3)】山口・鴻南中サッカー部顧問として日本代表FW久保裕也(23=ヘント)を指導した松野下真氏(47=現山口県立下関中等教育学校教頭)は当時の様子をこう明かす。「中2の春先からお山の大将になってました。ある程度結果が出ている中でも、誰からも評価されてませんでした。点を取ったとしても運動量はない、ボールは追わない、ボールが来ればやるといった具合でしたから」

 松野下氏は競技に取り組む姿勢について厳しく指導したが、中2の夏前には退部騒動に発展。同級生のMF原川力(23=鳥栖)が所属する地元クラブのレオーネ入りを恩師に直訴した。「何度も言われて本人も面白くなかったのでしょう。サッカー部を“辞める”と言いだしたんです。部活を辞めて、レオーネに行って原川たちとやりたいと。俺が伸びないのは周りが悪いからだと思ったみたいです」

 しかし久保も恐れる父親の意向もあり、部活を辞められなかった。ところが、久保が最上級生になると、ある変化が起きた。松野下氏は「大会に呼ばれて(Jクラブ下部組織の)大分U―15とやったとき、0―3で折り返した後半に裕也が4点取ってひっくり返したんですよ。それで全国に行くんだという意識が強くなったみたいです。献身的にやるようになり、道具の準備とか後片付けも意識的にやるようになりました」。

 しかも、その活躍で全国的にもその名が知られるようになった。中学3年になると、京都をはじめ、神戸、大分、福岡などJクラブのスカウトがユースチームに入団させるために視察に訪れるようになり、争奪戦の様相を呈するようになった。

最終更新:7/6(木) 11:00
東スポWeb