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メガFTAは日本に何をもたらすのか? 乳製品競争激化「本業の片手間では無理」

7/7(金) 8:15配信

SankeiBiz

 ■乳製品競争激化「繊細さ強みに迎え撃つ」

 交渉開始から4年以上かかった日欧EPAが大枠合意に至った。国内農業に対する不安だけでなく、台頭する保護主義に歯止めをかける期待も高まる。動き出した巨大自由貿易協定(メガFTA)が日本に何をもたらすのか探った。

 ◆国産は消費量の15%

 北海道の道東、日高山脈と太平洋に囲まれた巨大な十勝平野の中心に、真新しい倉庫がぽつりと建つ。周辺の6つのチーズ工房が共同で設立した十勝品質事業協同組合のチーズの熟成庫だ。庫内では、熟成士が温泉水を使いチーズを一つ一つ丁寧に磨き上げていた。

 今年2月に稼働を始めたばかりで、1個4キロのラクレットチーズが4000個保管されている。約2カ月半の熟成期間を経て「十勝ラクレット」という共通ブランドで出荷する。年5回、計2万個を出荷する計画だ。

 全国の畑の12%が集中する十勝地方。食料自給率(カロリーベース)は実に1000%を超え、国産ナチュラルチーズの約9割が十勝産だという。同組合を主導する宮嶋望さんの共働学舎新得農場は、年間売上高が1億5000万円規模と国内チーズ農家としては大手だ。だが、それでも「外食産業に卸すには、まだまだ量が足りない」と漏らす。

 国内のチーズ消費量のうち、国産が賄うのは15%程度。圧倒的多数を占める輸入チーズのうち、オーストラリアに次ぐ相手国が欧州連合(EU)だ。経済連携協定(EPA)が発効すれば、品質が高い欧州産が安価に流入してくる。

 北海道のある酪農家は「乳製品は厳しい競争に陥る。チーズにしろ、バターにしろ、もはや本業の片手間ではできなくなった」と警戒感を隠せない。

 ◆「リスク覚悟で参入」

 オランダの南ホラント州にあるブーター・チーズ社では、敷地に入った瞬間、濃厚なチーズの香りが鼻腔に広がった。高さ10メートルほどの熟成庫には鮮やかな黄色いゴーダチーズがところ狭しと並び、ベルトコンベヤーで運ばれるチーズを職人が次々と磨いていく。

 地域では製造と熟成・保管で完全な分業体制が敷かれ、1923年創業の同社も20年前から、保管に特化している。保管数は年間100万個と、まさに桁違いだ。4週間~1年以上と幅広い熟成期間のチーズを取りそろえている。熟成が進めば進むほど、味は濃くなり、付加価値も高まる。

 オランダ酪農協会広報担当のヨハン・スキルドカンプさんは「伝統と品質管理には自信がある。われわれのチーズを、日本の消費者にも安く楽しんでほしい」と市場開放に期待する。

 農畜産業振興機構の調べでは、EU域内の2016年のチーズ生産量は911万トン。米国(551万トン)やオーストラリア(15年度に32万トン)すら圧倒する。国内チーズ業界にとって、まさに“黒船”の到来だ。

 とはいえ、チーズ作りに新規参入する十勝加藤牧場の加藤賢一さんは「世界からの輸入が増える中、投資のリスクを背負ってでも、チーズに賭ける可能性はある」と前を向く。

 十勝品質事業協同組合では品質をそろえるため工程の7割を共通化した。3割を残したのは各工房の独自性を出すためだ。

 世界のチーズコンクールでも入賞を果たしている宮嶋さんは「ミルクのうまみが良く分かる繊細さが日本のチーズの強み」とEU産と差別化に自信をのぞかせた。

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 ■酪農、競争力強化へ猶予15年

 「もっと現実的になってほしい!」

 東京都内で7月1日まで開かれた2日間の日欧閣僚協議で、山本有二農林水産相は全てのチーズの関税を撤廃するよう頑として譲らないホーガン欧州委員(農業・農村開発担当)に対し強い口調で呼び掛けた。

 欧州連合(EU)は主な輸出先であるロシアにウクライナ問題でチーズの受け入れを拒否され、余剰分の供給先として日本に的を絞っていた。

 牛乳や生クリームなどの消費が頭打ちとなった日本の乳製品市場で、チーズの消費量は右肩上がりだ。1人当たりの年間消費量は2.2キロ(2015年度)とEUの8分の1にとどまっており、潜在力も大きい。

 だが、日本がEUの要求をのめないのは明らかだった。長期保存ができない飲用牛乳は各都道府県で作られ、近くの消費地に送られるのに対し、チーズやバターなど加工用牛乳の生産は北海道に集約されている。海外からチーズの輸入が急増すれば、北海道の酪農家が集中的に打撃を受ける。

 行き場を失った北海道の生乳が東北や関東など本州に流れ込めば、乳価が下落するだけでなく酪農の産業構造にすら影響を与える。

 また、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)ですら現状維持にとどめたカマンベールなどソフトチーズの関税で不用意に譲歩をすれば、米国やオーストラリアなどを刺激し、市場開放の要求が強まりかねない。

 酪農業界を守るため政府が悩み抜いて切ったカードが、低関税の輸入枠だ。枠外は3割程度の高い関税を維持する上、枠内も15年にわたり段階的に削減することで、競争力強化に向けた準備期間を確保した。

 また、品目を限定せずに枠を設けたことで、特定のチーズで譲歩した印象を残さず、今後の通商交渉で不利にならないようにした。

 だが、枠内のチーズは安価になり、輸入量も増加することになる。欧州産との圧倒的な実力差を埋めるには、国内のチーズ農家に与えられた猶予は決して長くない。生き残るか、陶太されるか。生産現場では15年間の熾烈(しれつ)な戦いの火蓋が切って落とされる。(高木克聡、田辺裕晶)

最終更新:7/7(金) 8:15
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