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久保裕也が神戸ではなく京都ユースを選んだ理由

7/7(金) 11:00配信

東スポWeb

【恩師が語る日本代表エース・久保裕也の原点 最終回】日本代表FW久保裕也(23=ヘント)は中学3年になると心身ともに成長を遂げ、その名は全国区になった。Jクラブのスカウトが“金の卵”をユースチームに入団させようと、視察に訪れた。特に熱心だったのは京都、神戸、大分、福岡。当時2歳上の兄・武大が所属していた福岡U―18は「兄貴と同じところは嫌」という理由で脱落した。

 山口・鴻南中サッカー部顧問として久保を指導した松野下真氏(47=現山口県立下関中等教育学校教頭)は「最初は神戸に入る予定だったんです。神戸に行ったときに練習場が整っていて、大久保(嘉人=35、現FC東京)をはじめ素晴らしい選手がいた。いいチームということで“神戸に行く”という話だったんです」と明かした。

 しかし、久保が実際に選んだのは京都だった。その理由を松野下氏はこう語る。「ずっと追いかけてくれた京都の練習にも参加したのですが、その環境にカルチャーショックを受けたようでした。寮生活のユースの子がちゃんと勉強をしているのを目の当たりにしたのと、トップチームの若手も同じ寮に住んでいて練習後にトレーニングをしている…。施設やレベルは神戸も同じくらいでしたが、裕也は京都の環境になびいたみたいです。スカウトに『間違いなく、京都を背負って立つ選手になります』と言ってもらえたのも決め手になりました」

 文武両道。久保がより成長できると確信した道を進んだのは間違いではなかった。恩師は「僕は残ってほしかったし、県協会からは『なんで(県外に)出すんだ』とかいろいろ言われました(笑い)」と当時は複雑な思いもあったが、現在の活躍に目を細めている。

最終更新:7/7(金) 11:00
東スポWeb