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証拠に基づく政策立案ー限界を補うリーダーの役割

7/7(金) 12:00配信

ZUU online

■証拠に基づく政策立案

政府は5月19日に開催された統計改革推進会議で最終取りまとめを決定した。注目されるのは、この中で、統計の改革だけではなく、「証拠に基づく政策立案」(EBPM:Evidence Based Policy Making)の推進を打ち出していることだ。

合意形成を重視する日本社会では、意見が分かれた時にどちらが正しいかをはっきりさせるよりも、対立する意見の妥協点となるあいまいな結論になりやすい。しかし、日本社会は他に例を見ない高齢社会に突入することは必至だ。情報を正確に分析して効果的な政策を選択し、限られた資源を有効に活用しなければとても対処していけないだろう。

証拠に基づいた政策決定をするには、政策の適否を判断する証拠の材料である各種統計がしっかりしたものでなくてはならない。迂遠なようだが高層建築物を作るには、まず土台となる基礎をしっかり作らなければならないのと同じ理屈である。

インターネットが登場して以降、情報を調べることは昔に比べてはるかに容易になったが、そもそも正確な情報が世の中になければ、いくら検索技術が発達してもどうしようもない。第二次世界大戦直後にGHQのマッカーサー元帥が日本の統計が杜撰なのに激怒した折に、当時の吉田茂首相が日本の統計がしっかりしてればあんな無謀な戦争をしたりはしなかったと切り返したというのは有名な逸話だ。

■証明できないという落とし穴

もちろん「証拠に基づく政策立案」といえども万能ではなく、その限界を良く理解しておく必要がある。

ある政策を採用するか、しないかという決定には、「誤った政策を採用してしまう」という失敗と、「正しい政策が採用されない」という失敗の二通りの失敗がある。証拠に基づいて意思決定を行えば、間違った政策を採用してしまうという、前者の失敗は回避できるはずだ。

しかしその一方で、本当は正しい政策だったのに不採用になるという失敗は防げない。効果が非常に大きく社会的に望ましいにもかかわらず証拠を集めるのが難しいなどの問題があり、証明が容易だという理由で、効果の小さなものばかりが検討対象になるということも起こりうる。

企業経営でも、短期的な利益は見えやすく、長期的な利益は見えにくくて証明することも難しい。経営者は、市場から成果を求められるので、どうしても短期的な利益を追い求めることになりがちだ。そのために、より大きな長期的な利益を失ってしまう危険性が大きいことを、我々は常に念頭に置いておかなくてはならないだろう。

■全くの不確実性

世の中は一寸先は闇、将来のことはどうなるのか分からないというのは当たり前のことだが、先が分からない中でも違いはある。

一人一人の人間の寿命は全く分からないが、日本人の2015年の平均寿命は男が80.79歳で、女が87.05歳で毎年大きく変化するというものではなく、大集団で見れば予測可能性が高い。いつ死ぬかは分からないといったような個人レベルの不確実性には、生命保険のように多くの人の危険をプールする仕組みで、社会的にはある程度対処することができる。

一方、危険性があることは分かるがどれくらいの確率でおこるか予想もできない、あるいは何が起こるのか全く想像もできないということもある。これまで起こったことがない危険という全くの不確実性への対処は組織では軽視されがちだが、そこに目配りをするのがトップの役割だろう。

不確実性は、悪い方に行けば危険性だが、良い方向に行けば可能性だ。起業家が周囲があきれるほど無謀に見える事業に取り組んで大成功を収めることがあるのは、普通の人達には想像もできないような可能性があることを見抜いて決断するからだろう。アップル社の共同設立者の故スティーブ・ジョブズ氏がiPhoneを構想した時には、この事業がどれほどの規模の成功をもたらすのか、成功の可能性がどの程度あるのか、といった問題を判断する「証拠」は何もなかったはずだ。そもそもその時点ではiPhoneはまだ影も形もなく、当のジョブズ氏にもどのようなものができあがるのかは分かっていなかっただろう。

リーダーの役割は、証拠に基づく意思決定の上に、不確実性にどう対処するかを決断するところにあるのではないだろうか。

櫨浩一(はじ こういち)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー

最終更新:7/7(金) 12:00
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