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急逝した森慎二コーチ、米国では単調なメニュー繰り返す日々 映画のDVDを喜んでくれた

7/7(金) 16:56配信

夕刊フジ

 【ダッグアウトの裏側】

 本拠地が拙宅に近い西武の投手コーチになったから、いつでも会いに行けると思っていた。日本で再会できなかったことは、悔やんでも悔やみきれない。

 急逝した森慎二投手コーチに米国で初めて会ったのは2006年。西武からポスティングシステム(入札制度)で、米大リーグのデビルレイズ(現レイズ)に2年契約で移籍してきた。

 残念ながら、実戦マウンドでの投球は3球しか見られなかった。オープン戦初登板で右肩を脱臼。その後、メジャーのマウンドを踏むことはなかったからだ。

 単調なメニューを繰り返すリハビリの日々。当時の森投手は、取材で訪れるたびにDVDを持っていくと喜んでくれた。大リーグの選手らがクラブハウスや移動中の機内でよく見る米映画の定番を中心に貸した。

 「映画はこっちの選手と話をするのに、いいきっかけになる。バスタブが浅いですけど、お湯をぎりぎりまでためて、映画を見ながらノンビリ入ると、いい気分転換にもなります」

 お気に入りは「グッドモーニング,ベトナム」(1987年、バリー・レビンソン監督)で、主演のロビン・ウィリアムズ扮するDJのセリフをマネて同僚を笑わせていた。今でもフロリダの青空と、森投手の声が鮮明に思い出される。

 「グ~、モ~ニング!、ベトナムじゃなくて、セントピーターズバーグ(レイズの本拠地)ですよ、タシロさん」

 食事や映画談義をしながら何度も勧めたのが右肩の手術。同じ肩関節唇(かたかんせつしん)損傷の経験があるヤクルトのコーチに電話をかけてまで説得を試みたが、メスを入れる恐怖までは消せなかった。早く手術をしていたら復活していたかもしれない、とずっと心残りだった。

 「いつかサンスポの紙面に貢献します」と口癖のように言ってくれていた。「いやいや、この経験をどこかで生かしてくれたらいいですよ」と返すのが、お決まりの会話だった。西武が好調な今季、再会して「大リーグに挑戦してよかった」という言葉を聞きたかった。

 ■田代学(たしろ・まなぶ) サンケイスポーツ一般スポーツ担当部長。1991年入社。プロ野球や五輪担当などを経て、2001年から13年11月まで米国駐在の大リーグ担当キャップ。全米野球記者協会の理事や、13年ワールドシリーズの公式記録員を日本人記者で初めて務めた。米国での愛称は「ガク」。

最終更新:7/7(金) 16:56
夕刊フジ