ここから本文です

<特選アーカイブ>アフガニスタン~「ザルミーナ」公開処刑された女性を追って(3)写真3枚 【玉本英子】

7/7(金) 6:30配信

アジアプレス・ネットワーク

◆命がけの撮影

1987年に設立されたアジアプレスは今年で30周年。7月22日~29日まで東京にて記念イベントが行なわれます。その一環で「ザルミーナ」(2004・監督;玉本英子)を上映します。それにあわせ、過去に取材・発表した記事を特選アーカイブとして掲載します。(イベントにつきましては下欄をご覧ください)

【写真を見る】ザルミーナ一家が暮らしていた家

(※2003年初出のアーカイブ記事。情報等は当時のまま)
------------------
ザルミーナの処刑を隠し撮りしたのは、女性人権組織RAWA(アフガニスタン女性革命協会)の女性メンバーたちだった。
RAWAは1977年に結成され、アフガンの民主主義と女性解放をスローガンに活動をつづけてきた。

メンバーはおよそ2000人。多くはパキスタンのアフガン難民キャンプで、子どもや女性への教育や医療支援活動を行なってきた。タリバン政権下のアフガニスタンでは地下活動をつづけながら、通学を禁止された少女たちのための隠れ学校を組織した。

ザルミーナの処刑を隠し撮りしたのは、女性人権組織RAWA(アフガニスタン女性革命協会)の女性メンバーたちだった。
RAWAは1977年に結成され、アフガンの民主主義と女性解放をスローガンに活動をつづけてきた。

メンバーはおよそ2000人。多くはパキスタンのアフガン難民キャンプで、子どもや女性への教育や医療支援活動を行なってきた。タリバン政権下のアフガニスタンでは地下活動をつづけながら、通学を禁止された少女たちのための隠れ学校を組織した。

RAWAの活動はタリバン政権崩壊後も自由になったわけではない。現在も公然とした活動はしていない。暫定政権の中核をになっている北部同盟も女性を抑圧してきた、と批判しているからだ。

私はアフガン入国前にパキスタンでRAWAのメンバーと接触し、カブールの地下メンバーの電話番号を手にいれていた。電話事情の悪いカブールでは連絡を取り合うのは容易ではなかったが、2週間かかってようやく隠し撮りにかかわった女性と会う約束をとりつけることができた。
私は彼女とともに処刑場となったサッカー競技場を訪れた。

ムニラ・バハール(21)は青いプルカをかぶり、隠し撮りした時と同じ位置の観客席に座った。
彼女は、ザルミーナ処刑の日の様子を話し始めた。

1/2ページ