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<核兵器禁止条約採択>「70年間待ち続けた」85歳被爆者

7/8(土) 11:18配信

毎日新聞

 【ニューヨーク三木幸治】核兵器禁止条約が国連本部で採択された7日、最後に議場で思いを語ったのは広島市出身でカナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(85)だった。「この日が来るのを70年間待ち続けた」。あふれる喜び、そして被爆者の苦しみを語り終えたサーローさんに対し、議長や各国大使、NGO関係者ら全員が総立ちで1分間、拍手を送った。

 「核兵器禁止を希望していたけど、本当に(条約が)実現するなんて」。サーローさんは採択後、こみ上げる涙をぬぐった。13歳の時、爆心地から約1.8キロの学徒動員先で被爆。両親は無事だったが、4歳のおいは皮膚が垂れ下がり、変わり果てた姿で亡くなった。「人間はこんな死に方をしてはいけない」。原爆で亡くなった人たちの命が無駄にならないように、核兵器のない世界をつくり出すと誓った。カナダを拠点に被爆証言を続け、40年以上になる。

 日本政府は7日、改めて条約の署名をしない意向を表明。サーローさんは条約に反対し交渉に参加しなかった政府に強い不信感を持つ。「唯一の被爆国として反核運動の先頭に立つと言いながら、実際は何もやっていない」。米国の核兵器が配備される北大西洋条約機構(NATO)の加盟国でありながら会議に参加し、反対票を投じたオランダについては「他国の話をきちんと聞いている。非常に威厳のある正直な態度だった」と評価した。

 議場での演説では「我々は間違った核抑止政策に戻らない。核の暴力に資金を提供しない。将来世代の命を危険にさらさない」と力を込めた。条約は、核保有国が牛耳ってきた世界から「核は不要」と信じる小国が力を持つ世界への「一歩」と受け止める。「核兵器は常に非人道的だけど、今日から『違法』にもなった。前に進み、世界を変えましょう」。サーローさんの活動も今日から新たなスタートを切る。

最終更新:7/8(土) 18:53
毎日新聞