ここから本文です

【のびやかに・浜木綿子】(25)照之が猿翁さんに会いに行った意味

7/8(土) 15:03配信

スポーツ報知

 息子の(香川)照之が、ボクシングと昆虫を愛していることは、皆さんもご存じだと思います。この2つ。本人は否定するかもしれませんが、一見まったく別物のようで、根っこではつながっていると思えてなりません。

【写真】浜木綿子、市川猿之助(現猿翁)に見守られ、スヤスヤ眠る生後10日の香川照之

 死と隣り合わせのスポーツと、はかない命を懸命に生きようとする虫。ともに生命を哲学的に考えさせます。命がどこからきて、自分がなぜ生まれてきたのかを、潜在的に自問自答してきた部分もあると思うのです。息子に聞いて確かめたわけではないので、勝手な推測だったら、すいません。

 照之に、夫だった市川猿翁さんのDNAを感じることは、よくありました。途中経過を誰にも相談せず、一人で行動に移し、いきなり結論から報告するところも似ています。

 彼が俳優を志して数年目の25歳頃。何の前触れもなく「お父さんに会ってきたよ」と聞かされました。照之が3歳のとき、猿翁さんは私たちの前から去り、20年以上、一度も会わずにきました。思わず私が「お父さんて、どこの?」と聞き返すと「おやじだよ」と。絶句しました。彼の口から「おやじ」という使ってこなかった言葉を聞いたことにも驚きでした。

 場所は沼津の公演先。蜂がブンブン寄ってくるほど大きな花束を抱え、アポなしで会いにいったというのです。あちらも、突然の“来客”に動揺したでしょう。この時の様子は、手記やドキュメンタリーで触れられています。「よく会いに来たね」などという感動の対面とは、全く逆のことが起きていました。

 なかなか会えず長時間、待たされた後、「僕とあなたとは何の関わりもない。あなたは息子ではない」と一方的に話すのを、ただただ泣きながら聞いた後、照之は「この世に授けてくれて、ありがとう」と伝えたというのです。

 胸が締めつけられるようでした。自分の命の意味を問い続け、癒えることのない思いと闘っていた。当時はまだ歌舞伎界に入ることまでは考えていなかったでしょう。でも彼の中では、生きていくうえで絶対にいま会っておかなくては前に進めない、という信念と覚悟をもっての行動。抱えてきた孤独の深えんを見る思いでした。

 東大を出たところで、彼にはあまり意味はなかったのです。それにしても、有名人の子供が合格したと騒がれたとき、カメラに激しい嫌悪感を見せていた子です。それが卒業が近づき「僕、芸能界に入るよ」と。このときも「えっー?」とびっくりです。

 マネジャーも自分で見つけてきました。他に将来の選択肢はあったはずですが、最終的に親と同じ俳優の道へ。これも運命のいたずらか。誰に教わったわけでもないのに、デビュー時から、それなりの芝居はしていました。でも納得できなかったのでしょう。悪戦苦闘を繰り返しながら「演じる」ことに、深くのめり込んでいく姿があったのです。(構成 編集委員・内野 小百美)

最終更新:7/8(土) 15:33
スポーツ報知