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竹馬全国行脚、「傘寿」で引退 四街道の飯塚さん、5000キロ超踏破

7/9(日) 7:55配信

産経新聞

 竹馬の魅力を伝えようと全国を竹馬で行脚してきた四街道市の元中学校体育教師、飯塚進さん(80)が、最後の行脚として臨んだ「みちのくの旅」を6月19日に青森市で終え、竹馬を置いて引退した。10年以上にわたり“相棒”の竹馬とともに歩んだ距離は5千キロ以上にのぼる。今後は地元の四街道市などで地域の子供たちに竹馬や竹とんぼなど昔遊びを伝えていく活動に注力する。(橘川玲奈)

 ◆体力の限界

 飯塚さんが竹馬による長距離行脚の旅を始めたのは69歳のとき。古希を前にした自分自身への挑戦と、それまでに取り組んできた子供への竹馬の普及活動を掛け合わせることを思いついたという。

 初の行脚は平成18年。47日かけて房総半島一周(約530キロ)を達成した。その後、東京から京都までの「東海道五十三次」(約500キロ)、俳人の松尾芭蕉が歩んだとされる「奥の細道」(約2400キロ)、四国八十八カ所霊場を巡るお遍路(約1400キロ)などを踏破した。

 東日本大震災後に被災地を元気づけようと自宅から被災地の東北まで竹馬で駆けつけたことや、ハワイやマカオでも組み立て式に改造した竹馬を持ちこんで歩いたこともある。

 ただ、最近では1日10~15キロを歩く竹馬行脚に体力の限界も感じていたという。そのため、傘寿を前にした「傘寿の挑戦」を最後にしようと決意。飯塚さんが「ロマンを感じる」という東北地方を集大成の地に選んだ。今回の「みちのくの旅」は4月29日に宮城県山元町を出発。中断を挟んで、6月19日に青森市に到着する約400キロの道のりだった。

 ◆最後は妻と

 1人での挑戦がほとんどだが、今回は最後の5日間は妻の久子さん(77)と一緒に歩き、ゴールの青森市役所では小野寺晃彦市長の歓迎を受けた。

 竹馬行脚の際は、必ず作務衣(さむえ)にたすきをかけた格好で臨んだ。「この格好は一種のパフォーマンス」と話すが、たすきをすることで気持ちが引き締まるといい、続けてきた。たすきは旅ごとに新調するが旅で汗がしみこみ、裏地の白い部分には作務衣の藍色が色うつりして、青く染まってしまうという。

 道中は目立つため、運転中のドライバーから声援をもらったり、時には差し入れをくれる人もいた。天候が常に良いわけでもなく、竹馬では危険な場所であれば、竹馬を背負って歩くこともあったという。そんな苦労も「『頑張って下さい』と声をかけられると再び力がみなぎる」と多くの出会いに助けられたと明かす。また、ここまで長く続けてこられたのは、モットーの「無茶はしないが、無理はする」で、常に自分を奮い立たせてきたからだという。

 竹馬行脚集大成の旅を終え、6月26日に四街道市役所へ報告に訪れた際には、佐渡斉市長から「竹馬を普及する活動を、今後も続けてください」と激励を受けた。

 次の目標を問うと、「ない」と断言し、その表情からはやりきったという達成感がうかがえた。今後は自らの体験も交えて、子供たちに竹馬などの昔遊びを伝承し、その魅力や面白さを伝える役割を担っていく。

最終更新:7/9(日) 7:55
産経新聞