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元女子マネ、甲子園の放送係に 「夢舞台」に就職

7/9(日) 14:12配信

朝日新聞デジタル

■甲子園球場放送係・飯野詩織さん

 ――球児あこがれの甲子園が職場なんですね。

【写真】飯野詩織さん=阪神甲子園球場の場内アナウンス放送席

 はい。昨年の春、願いがかなって就職しました。バックネット下にある半地下の放送室で場内アナウンスを担当しています。

 松本県ケ丘高校で野球部のマネジャーをしていた時の甲子園は「行けると信じて目指した。でも、かなわなかった場所」でした。「夢舞台」というイメージは、職場となった今も全く変わっていません。

 ――最初に甲子園を訪れたのはいつですか。

 中学に進学する時の春休みに、野球が好きな母と夜行バスで来ました。選抜大会の観戦です。席は内野の上の方で、スタンドの大きさに「すごい球場だなあ」とすっかり魅了されました。高校で野球部に入ったのも、甲子園に行きたかったからです。

 ――高校時代も放送係だったとか。

 主に松本市野球場で放送しました。市内の4校で分担するんです。当番が回ってくるのが楽しみでした。

 ――高校の3年間で最も印象的な出来事は。

 3年生だった2009年夏の最後の試合ですね。2回戦で諏訪清陵に延長で負けました。とても強かった清陵と互角に戦い、力を出し切った。記録員としてベンチにいましたが、みんなとても満足した顔でした。強烈な思い出です。

 ――いまの仕事の様子を聞かせてください。

 場内アナウンスは、シーズンオフに甲子園で開かれた一般の大会が最初でした。タイガースの試合は2軍戦で始まり、今年の5月に初めて1軍の公式戦を担当しました。高校野球は昨年夏の選手権と今年春の選抜大会を経験し、この夏が3度目。1日に1~2試合を担当します。

 ――放送では、どんなことに気をつけていますか。

 選手名などは、正確にわかりやすく伝えることが大前提です。早口になってしまわないように、そして際立たせるところは、しっかり際立たせることを心がけています。

 甲子園には独特のイントネーションやアクセントが伝統的に受け継がれてきていて、5人いる放送係の誰が話しても同じでないといけない。とても奥が深いと感じています。一人前になるには最低でも4、5年かかるといわれ、まだまだ発展途上です。

 ――そもそも甲子園に就職したいと思ったのは。

 神戸大学のゼミの先生がマスターズ甲子園の提唱者で、私も事務局でボランティアをしていました。先輩の紹介で選手権大会のアルバイトをするようになり、「やっぱり甲子園っていいなあ」と感じたんです。就職の際は、たまたま放送係に空きが出たと聞き、ラッキーと思って受けました。

 ――長野大会が開幕です。出場選手、そしてマネジャーたちへもエールを。

 自分たちがやってきたことを信じ、出せるものを全部出し切ってほしい。マネジャーたちには「自分もチームの大事な戦力だということを忘れずに勝利を目指して」と言いたいです。

 ――せっかくですから、放送係にもひとことを。

 そうですね。あまり「うまくやろう」と思いすぎると、不安が先に立って声が暗くなりがちです。そんな時は「とにかく明るい声で」と気持ちを切り替えてください。あっ、これ、実は私がふだん、自分に言い聞かせていることでもあるんですけど。

 ――約2週間後には今年の長野代表が決まります。

 甲子園大会では、一球一打が全国の注目の的です。人生でもなかなか経験できないようなスポットライトでしょう。その甲子園球場で、長野の代表校を待っています。(聞き手・山田雄一)


     ◇

 いいの・しおり 1991年6月、下諏訪町生まれ。2007年に松本県ケ丘高校へ入学し、野球部で3年間、マネジャー。大会中は記録員としてベンチ入りし、他校の試合では場内アナウンス係を務めた。11年入学の神戸大学在学中は高校球児OBチームが出場する「マスターズ甲子園」の事務局員として大会に携わった。16年、阪神甲子園球場に就職。26歳。

朝日新聞社