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<世界遺産>「文句なしに喜ばしい」 保存、早急に対応策を

7/9(日) 23:03配信

毎日新聞

 ◇3次にわたり調査参加 福岡大名誉教授の小田富士雄さん

 福岡県宗像市と福津市にまたがる「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が9日、一括して世界文化遺産に登録されることが決まった。

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 1954年から71年まで3次にわたって実施された沖ノ島祭祀(さいし)遺跡の学術調査に参加した福岡大名誉教授の小田富士雄さん(83)=福岡県筑紫野市=は9日、関連遺産群も含めた復活登録が決まったことについて「文句なしに喜ばしい」と語った。

 小田さんは九州大文学部2年生の20歳の時、当時九大の助教授で学術調査を率いた鏡山猛・名誉教授(故人)に「一緒に行かないか」と誘われた。そのころ九大に考古学研究室はなく、小田さんは国史学科でただ一人考古学を専攻していた。

 学術調査を後押ししたのは福岡県旧赤間村(現宗像市)出身で出光興産を創業した出光佐三(さぞう)氏(1885~1981)だった。佐三氏は荒廃していた宗像大社の再興に戦時中から私財を投じて取り組み、戦後、「宗像神社史」を編さんするために沖ノ島の学術調査に乗り出した。

 佐三氏の金銭的バックアップも得て、54年5月30日から約1週間、最初の調査が行われた。漁船で沖ノ島に渡った小田さんは島に漂う独特な雰囲気を肌で感じた。「森林がうっそうと茂り、昼間でも暗く、じっとりと湿度が高かった」。原生林から突き出した巨岩の上部が日に当たって白く光る光景が印象的だったという。

 古代祭祀が行われたとされる岩陰の端を小田さんが掘ると、後に代表的な出土品として有名になる、5世紀ごろに作られた金製の指輪が見つかった。島では以前から土器の破片などが大量に見つかっていたが、佐三氏らは学術的な価値にますます自信を抱き、その後の調査も本格化していく。小田さんらはアブや蚊、ヒルに苦しめられながら、腹ばいで岩の下を掘り続けた。

 予備調査を含め計10回沖ノ島に渡り、3次調査で副隊長も務めた小田さんは「日本各地に祭祀遺跡はあるが、4世紀から9世紀まで500年にわたる祭祀の変遷を確認できるのは沖ノ島だけ。すべての調査に関われたのは幸運」と話す。

 ただ世界遺産になって有名になれば、これまで一般の人の立ち入りを厳しく制限してきた沖ノ島への無断上陸なども懸念される。小田さんは「現状をいかに保存するか、早急に対応策を考える必要がある」と指摘した。【山下俊輔】

最終更新:7/10(月) 1:33
毎日新聞