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名古屋仏壇の塗師が手がける「漆だけの酒器」、ヒントは“ゼリーのカップ”

7/9(日) 12:00配信

日刊工業新聞電子版

■“木や布に塗るもの”、概念を覆す

 愛知県の伝統工芸「名古屋仏壇」。江戸時代初期からの伝統に清新な風を送るのが、武藤仏壇漆工(愛知県弥富市)の武藤久由さんだ。木などの素地を使わず、漆のみでできた酒器「thin(シン)」を製造する。

 名古屋仏壇は、1695年(元禄8年)に高木仁右衛門が仏壇専門店「ひろや」を創業したことが始まりとされる。豪華な装飾や、水害を想定したとされる土台の高さなどが特徴。「荘厳」「彫刻」などの「八職」と呼ばれる専門の職人が連携して製品を完成させる分業制をとり、その中で武藤仏壇漆工は仏壇の木材に漆を塗る「塗師」の役を担う。

 「漆は、木や布に塗るもの」―この概念を覆したのが「thin」だ。飲み口の厚さは約1ミリメートルで、重さは最大で約35グラム。独特の形は、つぶすなどした紙コップの内側に約1カ月半かけて漆を20回ほど塗り重ね、乾燥させた後に型から外すことで完成する。「漆は液体なので造形が自由。角の鋭さや表面の質感も、巧みに表現できる」と語る。

■ゼリーのカップ、漆の性質を逆手に

 「『うるし』という言葉は誰もが知っている。しかし漆器を実際に持っている人は少ない、これからもさらに減っていくのではないか」と危機感を持っていた10年ほど前、子どもが食べていたゼリーのカップに着想を得た。

 「プラスチックには漆が密着しない。この性質を逆手に取れば、漆だけの器が作れるかもしれない」と試行錯誤を重ねた。「もともと理系の出身。実験が好きで、調べたり試したりを何度も繰り返した。漆は今も興味本位で触っている」と笑う。

 その後、切子の作家と連携した、漆の中にガラス片などの異素材を組み込んだ作品も完成。異素材を漆の中に組み込んで造形物を作る技術と、剥離しやすい材質の型に漆を塗り重ねて剥離させる技術は、現在特許を申請している。

 販売はインターネットのみ。しかし、「画面から見るだけでなく、実際に手に触れて試してみてほしい」という考えのもと、都内への進出も検討する。

 「thin」という名前には、英語の「薄い」という意味のほかに、「芯」まで漆だ、「心」ゆくまで楽しんでほしい、「新」しいタイプの漆器、という意味も込めた。既存の概念にとらわれない作品で、漆器への興味を引き出すことを目指す。「生活の中により取り入れたくなるモノを、漆で作っていきたい」と、武藤さんは意欲を燃やす。