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「ニューハーフ」の生みの親は桑田佳祐 バナナマン日村、“オネエ”の歴史を学ぶ

7/9(日) 17:00配信

AbemaTIMES

 バナナマン日村勇紀の“バラエティ開拓バラエティ”『日村がゆく』では、「オネエ」をテーマにトークを展開。現在バラエティ業界で何かと需要の高い「オネエ」だが、バナナマン日村勇紀がオネエの歴史を振り返った。

 そもそも「オネエ」というのは、バラエティ番組が作った言葉であり、実際には様々なジャンルに分かれている。番組にはゲストとしてニューハーフの加々美ちはるさんが登場し、「オネエ」と呼ばれる人たちについて解説し、その歴史を紐解いた。

 オネエの先駆けとなったのは1967年に歌手デビューしたカルーセル麻紀。1969年ごろには「ゲイボーイ」としてピーターが登場した。

 1975年にはおすぎとピーコが登場し、自らを「わたしたち、おかまだから」とはっきり言い切り、「おかま」という言葉が世間に浸透。2人が「おかま」であることを売りにしたのも、革命的だったと加々美さんは振り返る。

 1980年代には、『天才たけしの元気が出るテレビ!』などのバラエティ番組にオネエタレントたちが数多く出演。「Mr.レディ」の呼び名で大ブームになった。

 ちなみに、加々美さんらを指す「ニューハーフ」という言葉が生まれたのは1981年。桑田佳祐が、大阪のショーパブ「ベティのマヨネーズ」のベティママと桑田がラジオで対談した際に、桑田が「君は新しいハーフだからニューハーフだね」と言ったことが最初だったそうだ。

 2000年代は、漫画家の山咲トオル、美容家のIKKO、ダンサーのKABA.ちゃんといった手に職を持ったオネエが次々にブレイクし、オネエのイメージが一気に昼のものに。性同一性障害への理解も高まり、戸籍を変えてニューハーフではない生き方をするものも出てきたのだという。

 さらに、2005年ごろになるとマツコデラックスを代表する女装家やドラァグクイーンが大ブレイク。

 なお、ヒム子というキャラを演じている日村だが、オネエを演じているわけではないのだという。出発点はバブル時代に大ブレイクしたW浅野のものまねだったといい「あれをやっていたら、いつの間にかそういう風に持って行かれた」と、その起源を語った。

(AbemaTV/『日村がゆく』より)

最終更新:7/9(日) 17:00
AbemaTIMES