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「AbemaTV」に学ぶKPI設定の考え方

7/10(月) 7:10配信

ITmedia マーケティング

 この連載の第1、2回では「何についてPDCAを回すのか?」を設計するための考え方とプロセス、そしてPDCAを評価するKPIの重要性について説明しました。また、続く第3回は、私が以前に改善活動に携わった「@nifty不動産」の担当者にご登場いただき、KPIを設定する考え方のプロセスが具体的にどのようなものであったか、対談形式で聞きました。

「AbemaTV」で設定したKPI

 今回は、私がCAO(Chief Analytics Officer)を務めるUNCOVER TRUTHが改善活動をご一緒したサイバーエージェントの須磨守一氏から、同社の「AbemaTV」の事例についてお話をうかがいます。無料でテレビ番組が見られるインターネットテレビ局のサイト改善とあって、KPIに対する考え方も前回ご紹介した内容とはずいぶん違うものですが、サイトの特性に応じた柔軟なKPI設定の重要性をお伝えできればと思います。

●「肌感覚」ではなくデータで評価する環境を作りたかった

小川 須磨さんはどのようないきさつで現在の業務を担当することになったのでしょうか。

須磨 もともとは、グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートしました。2011年にサイバーエージェント(以下、CA)に入社してからは、デザイナー兼Webディレクターとしてサービスの開発に携わっていました。開発をする中でさまざまな施策を実行しましたが、事業指標はあるものの個々の施策を評価する仕組みがなく、“肌感覚”に頼ることが多かったんです。そのような状況から脱却し、データに基づいてきちんと評価する環境を作りたいと思い、2014年にWebアナリストに転向しました。小川さんの著書を読んだりセミナーに参加したりと、独学でのスタートでした。

小川 AbemaTVというサービス自体、全く新しい取り組みだったと思いますが、開発当初の状況を教えていただけますか。

須磨 2016年4月に開局が決まっている中、前年10月に分析の準備を始めました。もともと担当していたニュースメディアやブログなどのメディアサービスの延長線上で考えていたのですが、24時間365日無料のインターネットテレビ局は全く新しい取り組みで、どの数字を追いかければいいのかも、そのためのツールをどうすればいいのかも、一から決めていかなければならない状況でした。ツールは結果的にGoogleアナリティクス360を活用することにしましたが、これはもともと契約があったことに加えて、開かれた解析プラットフォームとしての使いやすさやを社内で共有できていたためです。

Googleアナリティクスの活用に関しては、各担当者が自走できるように勉強会を行ったり、Googleアナリティクス公式個人認定資格「GAIQ」取得プロジェクトを立ち上げたりして、AbemaTVだけでなくサイバーエージェントのメディア管轄向けの人材育成も行っています。今では、事業責任者をはじめプロデューサー、エンジニア、デザイナーなど50人ほどがGAIQを取得し、日々の運用・開発に役立てています。

●ユーザー視点に立つと、事業部視点とは違ったKPIが見えてくる

小川 そのような状況の中、どのようにKPIを設定したのでしょうか。

須磨 最終的に設定したKPIは、5分以上継続して視聴するユーザーの割合を示す「5分視聴化率」というものです。最初は事業部視点でのゴールからブレークダウンしようとしていて、訪問者数やダウンロード数といった指標が候補に上がりました。これはユーザー数をいかに拡大していくかという視点です。しかしKPIの設定に当たっては、ユーザー数拡大の前に「ユーザーが満足している」という状態が絶対に必要であると考えました。

 まず「ユーザーが満足しているってどういう状態だっけ?」という議論から始まり、「1つの動画を見終える状態」という答えに行き着きました。すると次は「それってどうやって測るんだっけ?」という疑問が出てきます。AbemaTVはオンデマンド動画サービスとは違い、24時間365日無料で、どこからでも入って出ていける状態なので、測定の基準を作るのも難しかったです。

 そこで、コンテンツをきちんと見たユーザー像を「ある一定の時間を連続して視聴したユーザー」と定義しました。最終的には5分視聴化率というところに落ち着きましたが、当初は2分や3分など、他の候補もありました。そこで実際にデータを取り始めてから視聴時間と再来訪の相関関係を見て判断しました。また、ここでは先行してリリースしていたサイバーエージェント提供の映像配信プラットフォーム「FRESH!」での経験も生きました。

小川 さまざまな角度から検討した上で、しきい値として設定したのが5分というわけですね。

須磨 たまたま視聴を開始しても5分間以上継続して視聴するということは結果的に「興味のある番組に出会う」というステップを踏んでいるはずだと考えることができます。このように1つ1つのステップをさかのぼりながらKPIを設定していき、最終的に下図のKPIが決まりました。



●自分たちがコントロールできる範囲の指標を追いかけることが重要

小川 ユーザーフローを追うに当たり、部署間連携の必要も生じてきますよね。Webサイトの場合も「サイトへの集客とサイト自体の利害が一致しない」という課題はよく聞きます。AbemaTVの場合はどうでしたか?

須磨 部分最適化ではなく、ユーザーの満足という共通の目的に向かうにはどうすればいいかを考えました。私が所属するプロダクト開発局が負うべき指標に関しても、UIのおかげなのかコンテンツのおかげなのかが曖昧にならないように、例えば「番組を探す」というアクションにフォーカスするよう工夫をしました。「集客の質が悪い」といった、コントロールできない要因のせいにするのは無責任ですから、そのような状況が生まれないよう、あくまでも自分たちがコントロールできる範囲の指標を追いかけることが大切だと思います。同じ考えから、ログとひも付かないアプリのユーザーレビューは、参考にはするけれどKPIにはせず、その代わりにデータ連動性のある「翌週再来訪率」で視聴後の満足度を測るようにしています。

小川 ちなみに、それらのデータはどのくらいの頻度で共有していますか。

須磨 日々の指標の変化をキャッチアップするという意味では、毎朝自動更新されるKPIレポートは関係者であれば誰でも確認できる状態にあります。プロジェクト単位でのデータ共有という意味では、プロジェクトのサイズによって頻度は変わりますね。AbemaTVでは、ざっくり分けて四半期に1回ほどの大きな開発と、1、2週間に1回の小さな改善施策を実施するサイクルがあります。前者の例としては、先日リリースしたばかりのスマホ端末を縦向きでも利用できる機能改善などが挙げられます。こういったケースでは、リリース後の段階的な速報レポートにより、狙いに対してインパクトがあったのかどうかや次の一手の検討材料になる気付き、施策の方向性などを、部門責任者や開発メンバーに共有、提案しています。

小川 ログを実装する上で苦労することはありますか。

須磨 私自身はエンジニアではなく設計者なので、実装上どのタイミングでタグが発火(稼働)しているかといったことを正確に把握することが難しいのが現状です。実際に集計してみて「なぜこの数字が低いんだろう?」と違和感を覚えたところを細かく調べてみると、実は取るべきログが取れていなかったというケースもありました。こういった場合に、仕様なのか定義上のミスなのかを正確に把握しておかないと肝心なデータの正確性が担保できないので、かなり細かいところまで把握するようにしています。現在は設計や実装サポートなどのデータを作る部分にかける時間が4割という状況です。

●「何となく知りたい」程度のデータなら取らない

小川 データに対する信頼度は重要ですよね。

須磨 はい。このAbemaTVでも、今あるデータで事業課題をどう解決するかというよりは、誰でもデータを活用できるように裾野を広げていくことに軸足を置いてきました。これを私は「データの民主化」と呼んでいるんですが、当たり前になくてはならないデータがきちんと正確に取れることの重要性を広く周知して納得してもらい、誰もがデータを活用できるという状態を目指しています。

 データを取る際は幾つか判断基準があります。まずそのデータがないと次のアクションが打てないというレベルであること。何となく知りたい程度のデータは取らないようにすること。誰が何のために使うデータなのかが明確になっていることも条件です。作成するレポートの詳細まであらかじめイメージしておくと、「実はこのデータいらないよね」とか、逆に「こういう風に使いたいからこのデータが欲しいんです」という議論ができるようになる。一番怖いのはそこでコミュニケーションを取ることなく、言われた通りにやってみてふたを開けてみたら何か違った……となることです。

●KPIは常に揺らぐもの

小川 KPIの見直しはどうやっていく予定ですか。

須磨 視聴の習慣化という戦略上の大きなゴールは変わりませんが、そこに付随するKPIは随時変わっていきます。インターネットテレビでは新しい機能の追加がユーザー体験の変化に直結し、それによって来訪するユーザーの層が変わってくる可能性もありますから、環境の変化によって最初の設定はずれてくるという可能性を考えなければいけません。実数ではなく割合で見た方がいいんじゃないかというレベルの話も含めて、KPIは常に揺らぐものだと考えるようにしています。

 今後はユーザーのセグメントもしていく予定です。継続して利用しているユーザーと休眠しているユーザーという分け方の他に、番組表を閲覧したかどうかという視点もテレビ特有のものです。番組表やランキングを能動的に閲覧しているユーザーは再来訪率が高いという相関関係が分かっています。後になってみれば「確かにそうだよね」と思えるような視点も多いのですが、ユーザーの文脈を丁寧に追い続けることが大切だと考えています。

●「データの民主化」によって成功確度を高めたい

小川 須磨さんにとってKPIと何でしょうか。あらためて教えていただけますか。

須磨 打った施策の成功可否をきちんと見ることができて、次のアクションにつなげられる指標です。事業視点のKPIだと場合によっては「ふーん」で終わってしまうこともありますが、ユーザー視点だと「ふーん」では終わらないはず。逆の言い方をすると、あくまでも結果指標なので、登録者数や視聴者数は事業上大切な指標であることは間違いないですが、サービスをより良くすることには使えない数字です。KPIにとって大切なのは、その数字を良くするための打ち手をイメージでき、なおかつ自分がそれに関われそうかということだと思います。また、上位KPIや事業ゴールに強く結びついていることが大前提で、目標とするKPIを改善することで事業ゴールの達成につながる仕組みがちゃんと機能していることが不可欠だと考えています。

小川 今後はどういうことに挑戦していきたいですか。

須磨 先ほどの「データの民主化」をさらに進めていきたいです。デザイナー時代には「自分の成果物がどう事業に関わっているのか分かりにくい」というモヤモヤを抱えていましたが、アナリストに転向することでそれを可視化できるようになったのは良かったと思っています。データの民主化がこれまで広がっていなかったという反省はありつつも、分析の環境は整ってきています。成功体験を説得材料としてどんどん横展開していき、事業の成功確度を高めたいと考えています。