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電動化に向かう時代のエンジン技術

7/10(月) 7:21配信

ITmedia ビジネスオンライン

 前回の記事では、エンジンの省燃費技術を後押ししてきた経済の仕組みの話を書いた。しかし、ここ最近のニュースを見る限り、内燃機関への逆風は強まるばかりだ。フランスは2040年までに内燃機関の販売を国内で止めると言い出したし、ドイツでも2030年以降、内燃機関搭載車の新規登録を禁止する法案が可決されている。ボルボも2019年から内燃機関のみを搭載したクルマを徐々に縮小していくという。中国では政策的に電気自動車やPHV(プラグインハイブリッド自動車)の後押しを行っている。

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 これにはいくつかの背景がある。欧州では長らく12ボルトで稼働してきた車両電装のシステム電圧が48ボルトに引き上げられるめどが付き始めたことが大きい。12ボルト規格はランプを点けたり、ワイパーを動かしたりという補機システムの電源として最適化されていたもので、動力源として電気を使う発想がなかった時代の規格だ。

 1トンを軽く上回る車両の動力源としては能力不足が否めない。電圧が引き上げられることによって、例えば、サスペンションの電動アクティブ制御など、より大きな力が必要な車両制御系にもメリットが出てくる。規格の変更はそれなりに大変ではあるが、未来展望を考えれば、48ボルト化は避けて通れないものになりつつある。12ボルトしかなかった時代に対して、電気動力が圧倒的に導入し易くなる。

 もう1つの背景は、電池やモーターの価格低減と性能向上がメーカーの予想を裏切るほどの速度で進行していることだ。某社で聞いた話では「ほんの数年前までは、電動化は時期尚早と考えていましたが、すでにコスト面では十分可能な領域に入りました」と言う。各社がそういうスタンスになれば、需要が高まって、現在絶望的に見える給電インフラも意外に早期に解決する可能性が出てくる。

 ただし、インフラ電力のエネルギー総量が果たして自動車の電動化需要に耐えるのかという点で、まだ眉唾感が大きい。特にフランスの場合、電動化と併せて、長期的には原発の縮小までも掲げており、一体それでどうやって増加する電力需要を賄うのかという点については、あまり現実的なプランは見えてこない。「変わらなきゃ」という意思は分かるが、方法論がない。

 さらに電池の性能向上には今後何度も充電規格のアップデートが必要だろう。すでに充電インフラで先行する日本で起きている問題だが、充電器の規格が新旧混在しており、旧型ではそもそも充電が不可能だったり、充電時間が非常識に長くなったりということが起きている。充電拠点を大幅に増加させなければならない局面で、インフラとして設置した充電器がみるみるレガシー化するのでは、インフラ整備は一向に進まないだろう。

 という現実を足元に見つつも、各国から届くニュースを見ていると、まるでガソリンもディーゼルも、もはやおしまいかという印象を受ける。長期的に見れば、電動推進システムを持ったクルマが比率として増えていくことは確実だが、だからと言って「エンジンはなくなる」という話には当分ならない。

●新車1億5000万台の時代へ向けて

 先進国の富裕層は新奇性も手伝ってエコな電動システムを選ぶ余裕もあるだろうが、今後しばらく新興国市場でクルマの需要は爆発的に増え、現在の新車販売年間1億台は20年後には1.5倍になる。ここから10年、それらの市場で求められるクルマは100万円以下の売価にならざるを得ない。

 いくらバッテリーとモーターの価格低減が進んでいるとは言っても、その価格帯に近づけるほどではないのだ。可能性があるのは48ボルトのマイルドハイブリッドだけだろう。言うまでもないが、マイルドハイブリッドにはエンジンが必須だ。つまりエンジンはまだまだなくせない。だから未来永劫にとは言わないが、エンジンの効率アップはこれからも当分は自動車産業を支える大事な技術であり続ける。

 さて、クルマの燃費改善は技術面から見てどのように起こってきたか? 1つは長らく積み重ねられてきた機械損失の低減である。典型的な例は摩擦を減らすことだ。ただしこれはもうレッドオーシャンもいいところで、誰もが必死で取り組んできたことによって、残された改善余地はそう大きくない。

 機械損失の低減で比較的大きな効果を上げたものにCVT(無段変速機)がある。エンジン回転を最も効率の良い回転に保って、駆動させることによって、燃費を改善する原動力になってきた。

●ガソリンエンジンの高圧縮比化

 さて、機械損失とは別に、ガソリンエンジン自体の能力をもっと高めようとすれば、それは熱効率の改善ということになる。燃料を効率良く燃やして、燃焼圧力を効率良く動力として取り出すための要素関連性を筆者が概念図にしたのが下図だ。左から「損失種別」「制御因子」「対策技術」に分けて、それぞれの関連性を矢印でひもづけている。

 制御因子から解説していこう。個別に見ていくと、実は効率を改善する方法は分かっている。ただそれができない理由がそれぞれにあり、問題を解決すれば原則に則って効率改善できるのである。「圧縮比」は上げたい。「比熱比」も上げたい。「燃焼期間」は短くしたい。「燃焼時期」は遅らせたくない。「吸排気行程圧力差」は小さくしたい。それらの阻害原因とその対策はどうなっているのだろうか? ここですべてを網羅することはできないので、主要な部分について説明したい。

 まずは圧縮比だ。ガソリンエンジンの場合、混合気をより圧縮して着火すれば大きなエネルギーを取り出せることは昔から分かっている。しかしそうするとノッキングという困った現象が起きる。ノッキングとは燃焼室内で部分的に燃焼圧力が高まり過ぎ、コントロールできなくなることをいい、場合によってはエンジンを壊してしまう。だから圧縮比を上げて熱効率を改善したければ、どうやってノッキングを制御するかがポイントになってくる。

 対策技術の一番上にある「ストイキ直噴」はまさにこのための技術。ストイキとはストイキオメトリーの略で、理論混合比14.7:1の比率をいう。前回書いた通り、日本の自動車メーカーはリーンバーン(希薄燃焼)で燃費改善に取り組んで失敗した。リーンバーンでは、吸気管ではなく、燃焼室に直接燃料を噴射する必要があった。そうしないと燃えるか燃えないかのギリギリを狙う混合比が精密に制御できなかったからだ。しかし、リーンバーンは燃料に対して酸素が多いにも関わらず、薄すぎて着火が悪く、狙いと逆に不完全燃焼を起こしてカーボンが大量発生するという現象に阻まれて頓挫した。

 ところが、転んでもただでは起きないのがエンジニアである。燃焼室に直接燃料を噴射すると、気化潜熱で吸気温度が下がることを発見した。そのメリットはターボにおけるインタークーラーと同じ理屈だ。ノッキングのメカニズムは、気体を圧縮すると温度が上がり、温度が上がると圧力が上がる。このスパイラルで、混合気が勝手なタイミングで自己着火したり、燃焼室内の都合の悪い場所で着火したりすることだ。だから直噴の気化潜熱で冷やしてやれば、意図せぬ圧力上昇を防止でき、制御可能な範囲内で圧縮比が上げられるのである。

 それでも運転条件によってはノッキングが避けられない場合もある。従来ならそこで点火タイミング(燃焼時期)を遅らせ、ノッキングを回避してきたが、それは凄まじい効率悪化を招く。燃焼室の中で起きていることは、素人目には爆発に見えても、エンジニアに言わせれば燃焼で、それには燃焼期間がかかる。

 燃焼が始まっても燃焼ガスの圧力が十分に上がらないうちにピストンが下がり始めてしまえば、せっかく上げた圧縮比が無駄になって効率が落ちてしまう。そこで現れた技術がEGR(Exhaust Gas Recirculation)である。

 EGRは文字通り排気ガスを混合気に再循環させる仕組みで、排ガスには酸素が残っていないため、ほぼ完全に不活性ガスである。混合気に不活性ガスを混ぜると、燃焼温度が下がることは分かっている。つまりタイミングを遅らせずとも、EGRの量をコントロールすることでノッキングの制御が可能なのだ。EGRなら点火タイミングの遅延ほど効率が落ちないので、燃費が大きく改善する。ストイキ直噴とEGRは両輪となってエンジンの効率を改善した。

●ポンプロスをいかに低減するか?

 燃費改善に大きな役割を果たしたもう1つは「吸排気行程圧力差」の改善だ。ミラーサイクル、あるいはアトキンソンサイクルとして知られているシステムが一番ポピュラーだろう。エンジンはガソリンを燃やすために空気を吸い込む。掃除機と同じようにこれには当然エネルギーが必要だ。それはエンジンの出力を目減りさせる。

 吸い込まれた空気は、燃料と混合されて圧縮される。これにもエネルギーが必要だ。「だったら吸気も圧縮もしなければ……」だとエンジンは動かない。だからこれまで必要悪として見逃されてきたのだ。

 しかしロスはロスである。エンジンで本当に大事なのは燃焼ガスがピストンを押し下げる行程で、これは絶対必要だ。何とか吸気と圧縮のエネルギー損失を減らして、燃焼圧だけは従来通りに受け取れる方法はないものかと多くのエンジニアが考えた。

 まずは吸気だ。吸気にはエンジン出力をコントロールするスロットルバルブが必要だ。これで空気の流入量を調整する。ということは、全開にしないときは口をすぼめて息を吸い込むようなもので大きな抵抗が発生する。すでに書いたように空気とガソリンの比率は決まっているので、空気が増えればガソリンも増やさなくてはならない。だから口をすぼめるのが嫌でも、すぼめないとエンジンは全開運転になってしまって速度調調整ができない。だから吸気抵抗でパワーロスするのが分かっていても、スロットルバルブを使わざるを得なかったのだ。

 しかしよく考えてみれば、燃焼に必要なのは酸素だ。窒素や二酸化炭素ならいくら吸っても良い。スロットルバルブで吸気を絞る代わりに、酸素を含まない排気ガスを混ぜてやれば、燃料とちょうど釣り合う酸素量に調整できる。つまりアクセル開度をEGRで調整するやり方が考案された。これが「大量EGR」である。

 次に圧縮ロスだ。圧縮するときに弁を閉じなければ空気というばねを押し縮めないで済むので、ロスが減る。もちろん圧縮の全行程を開けっ放しにしたら、混合気が全部出ていってしまう。だから適量が残る程度のところまで弁を解放し、途中で締める。それでは圧縮比が下がってしまうので、下死点からの圧縮ではとてつもない圧縮比のエンジンをあらかじめ作っておいて、ちょうど良い圧縮比になる辺りで弁を閉める。燃焼行程では長いストロークを全部使ってエネルギーをより多く回収するのだ。

●Well-to-Wheelではまだまだ高いポテンシャル

 まとめると、近年の燃費向上に貢献しているのは、ストイキ直噴による高圧縮化、EGRによる点火タイミングの常時適正化、大量EGRによるスロットル抵抗ロスの削減、ミラーサイクル(アトキンソンサイクル)による圧縮ロスの低減あたりがメインとなっている。もちろんそれ以外にもさまざまな技術がある。例えばCVTなどによってエンジンの運転マネージメントを効率良くしている部分などもある。

 こうした地道で普段説明のされることのない技術によって、Well-to-Wheel(井戸から車輪まで)で考えるとガソリンエンジンのCO2排出量は今でも電気自動車とそこそこ戦えるレベルにある。まだまだ終わっていないのだ。

(池田直渡)