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「世界のKitchenから」10年の歩み ソルティライチが“変えたこと”と“変えないこと”

7/10(月) 11:11配信

ITmedia ビジネスオンライン

 2007年に立ち上がったキリンビバレッジの「世界のKitchenから」は、入れ替わりの激しい飲料業界の中で、10年存続する強力なブランドだ。第1弾の「ピール漬けハチミツレモン」を発売してから5年、約8倍に急拡大し、現在の累計販売数量は4545万箱(換算)を突破した。

【「世界のKitchenから」シリーズの販売規模推移。「ソルティライチ」大ヒットで拡大した】

 シリーズのコンセプトは「手作りを生かした、とびきりおいしいものを作ること」。海外の家庭に取材に行き、家庭料理からアイデアを得た商品を、素材や調理方法にこだわって製造している。

 ブランド立ち上げ期の07~08年には、チルドカップを含めて1年間で10個近くの新商品を出したことも。08年発売の「とろとろ桃のフルーニュ」などヒット商品も出ていたが、実はブランド全体としては伸び悩んでいた時期だった。

 「甘いドリンクを数多く展開していたので、『デザート系のブランド』という認識を抱いているお客さまが多かった。エンターテインメント性は強いけれど、日常の中には入ることができなかった。そのため、認知度は上がっていても、数としては伸びなかったんです」

 そう語るのは、キリンビバレッジ マーケティング部の商品担当主任図子久美子さん。そんな“難しい時代”を切り開いたのは、11年発売の「ソルティライチ」だ。

「『沖縄海塩』と『ライチ』で、渇いたからだにおいしく塩分補給できる“夏対策”飲料」――キャッチコピーで登場したソルティライチ。11年夏には“塩入りドリンク”が数多く発売されたが、ソルティライチはその中でもとびぬけたヒット商品に。「世界のKitchenからといえばソルティライチ」――というように、この1本の商品がブランド認知度をぐっと上げたのだ。

 ソルティライチはどういった背景のもとで生まれ、ヒットしたのか。10年間でブランドはどのように変化したのか? 世界のKitchenからシリーズの10年間の歩みを図子さんに聞いた。

●大ヒットの裏側にある“日本の変化”

 なぜソルティライチは爆発的にヒットしたのか――。その背景には、当時の“大変化”がある。

 発売前年の10年は、歴史的な猛暑の年。日本の各所で観測史上最高気温が記録され、気象庁が「30年に一度の異常気象」と発表したほどだった。熱中症に関するニュースが今までになく報じられ、患者数や死亡者数は過去最悪となった。

 翌11年、3月に東日本大震災が発生。節電意識が高まった結果、暑くなってもエアコンをつけないなど、熱中症の患者数はさらに増加。日本の夏の過酷さが増し、「熱中症対策」が真剣に必要とされるようになったタイミングで、ソルティライチは登場した。

 「熱中症に対する意識が『自分ごと』になっていた。世の中に大きな流れがあり、人々の暮らしが変わろうとしていました。熱中症対策は、生理食塩水でも成り立つんです。でも、おいしさと素材感があるもので、おいしく熱中症対策をし、いい夏にするドリンクを作りたい――ということを目指して開発しました」(以下、図子さん)

 もともと、キリンビバレッジはシリーズ初の塩入り飲料「ソルティライム」を10年に発売。ファンから「復活してほしい」といった声が寄せられたことで、塩とライチの新商品が生まれた。熱中症対策を求める世の中のニーズにぴたりとはまり、発売1カ月で年間販売目標の45万ケースを達成する大ヒットに。こうした経緯があって、「夏と言えばソルティライチ」といったイメージを持たれるまでになったのだ。

●発売から7年、ソルティライチはどう変わった?

 “熱中症対策の塩入りドリンク”の代名詞的存在としても定着を果たしたソルティライチは、入れ替わりの激しい飲料業界において、発売7年目でも夏の果実飲料のトップを守っている。大ヒットし、メジャーブランドになっていった11~14年のころは、上層部から「もっと売ること」を求められたこともあったという。

 「あの時はつらかったです(笑)。ですが、『たくさん売ることが第1義ではないよね』と、最近はビジョンを上層部と共有できています。大事なのは、お客さまに必要とされること。今の世の中にはない“一段上のおいしさ”を目指して、ものづくりの姿勢において業界を引っ張っていくくらいになりたい。それはブランド当初からずっと変わらないですね」

 この「ものづくりの姿勢」が表れているのが、リニューアルへの姿勢だ。ソルティライチを始めとし、世界のKitchenからシリーズは定期的に味のリニューアルやパッケージ変更などを行っている。その際、「もっとおいしくなる」「もっとコンセプトが伝わる」ことだけを重視するようにしているのだという。

 「飲料業界は春秋の年2回、店頭の棚内で商品の入れ替えがあります。棚に置き続けてもらうために、その時期に合わせてリニューアルをすることは通例になっている。ですが世界のKitchenからでは、『リニューアルのためのリニューアルはしない』とよく議論しています」

 それどころか、17年5月のリニューアルでは、味を変えず、パッケージをライチを前面に押し出したものに変更するのみだった。

 「チームとしては、もっとおいしいソルティライチを作れると考え、味変更をする予定でした。ただ、何回もお客さま調査をした結果、これまでの味を支持する方が多かった。ある意味すごく光栄なことです。ソルティライチはもうわれわれだけのものではない。リニューアルを会社の都合でしてはいけないし、味を変えなくても必要とされ続けるのが大事。上層部も同じ感覚を持っていて、営業も納得してくれました」

 “ソルティライチは自分たちだけのものではない”という考え方は、消費者とのコミュニケーションにも表れている。ソルティライチは16年に5倍濃縮タイプを発売し、「アレンジできる」「好きな濃さにできる」と好評だ。

 開発のきっかけの1つになったのが、「ソルティライチソーダを出してほしい」といった、アレンジ商品を求める声だ。「ソルティライチシリーズを広げることはあまり考えていなかった」というが、さまざまなニーズに応えられる濃縮タイプを展開することになった。

 「濃縮タイプは私も使ってみたかったということもあるのですが(笑)、ソルティライチを大好きなお客さんに“出来上がりだけじゃないもの”を届け、アレンジを楽しんでもらいたいという思いから作りました。自家製や素材と向き合うというキーコンセプトにも合っていましたね」

 “アレンジレシピ”は公式WebサイトやTwitterアカウントで発信。ファンも自作レシピをTwitterなどのSNSに投稿し、大きな話題を呼んだ。図子さんのチームも「濃縮タイプで氷を作り、かき氷にして食べる」――といったレシピを楽しんでいるという。

 濃縮タイプの展開には、「家庭に入っていきたい」と思いもある。

 世界のKitchenからシリーズのファンは、10年間で変化してきている。08~10年は、食に対して「よいもの」や「エンターテインメント性」を求める20~40代女性中心。だが、ソルティライチが登場した11年に、一気に男性が増えたのだという。

 「部活や営業周りなどのシーンで選んでもらえるようになったのか、10~20代男性が増えました。今は30~40代男性にも広まっています。個人的な感覚ですが、『いいものにはお金を出したい』という層は男性にも増えてきているのではないでしょうか。現在は外での飲用が多いですが、家庭の冷蔵庫の中にソルティライチが入るようにしていきたいですね」

●“原点”に戻る「蜂蜜レモン」

 ソルティライチにより、キリンビバレッジの中でも主力ブランドに成長した世界のKitchenからシリーズ。ソルティライチの人気を軸に据えつつ、スイーツ系の「とろけるミルク杏仁」、レモングラスと緑茶を組み合わせた「冴えるハーブと緑茶」、ホットワインにも似た味わいの「甘く香り立つスパイスの薫るホット葡萄」と、毎年さまざまな新商品を提案している。

 ブランド10周年という節目、6月に発売したのが「ほろにがピール漬け蜂蜜レモン」。この商品には、どのような思いが込められているのだろうか。

 企画するにあたって、チームでブランドの未来を考えたのだという。今後10年、どういう風にやっていこうか。今ブランドの価値として大事にしていることは、10年後にも同じように価値となるのか――答えはイエスだった。

 「10年前に立ち上げた『手作り』というコンセプトは廃れていません。むしろ、クラフトブームもあって加熱している。ITが進化して暮らしがすごいスピードで変わっていき、わくわくもするけれど不安も生まれている。その中で、世界のKitchenからの『素材のよさ』『手間暇かける』というメッセージは、究極にアナログなものとして支持されるのではないでしょうか」

 今でもチームのメンバーは、新商品開発の際は海外の家庭に取材に行っているという。図子さんは「初めての取材だと、だいたいみんなおいしくて泣くんですよ」と笑う。

 6月発売の「蜂蜜レモン」は、ブランドの原点に立ち戻ったような商品だ。07年の「ピール漬けハチミツレモン」は、「南イタリア・アマルフィのレモンの皮がおいしい」という気付きから生まれたのだという。

 「10年前の気付きは、10年たっても意味のある気付き。さらに、10年分の知見を込めて、今だからできるよりいいものを作りたいと考えました。チームのキッチンで実験を始め、『レモンをどう調理すれば香りが生かせるのか?』とさまざまな製法を試しました」

 生クリーム、オイル、アルコール……香りを守るための製法を何十通りも試した結果、2種類のレモンの皮を刻み、レモングラスとともに蜂蜜に漬けたものがベストのバランスだとたどりついた。次に、キッチンでの「手作り」を、工場での「大量生産」に落とし込む過程がある。キッチンで成功しても、工場から「後の生産に響く」などと断られることも。

 「素材の調達、安心、製造面、生産量の確保を考えなければいけない」と図子さんは苦労を語る。蜂蜜レモンで大きな壁となったのが、“100%ノーワックスへのこだわり”だ。

 「多くのレモンには、光沢材や防カビ剤の役割を果たすワックスがかけられています。でも、皮が主役のこの商品は、どうしてもノーワックスでやりたかった。国産だと量が足りず、海外だと100%と言い切るのはすごく難しく、『もう商品が出せないかもしれない』と思ったくらいです」

 さまざまな農園に断られた続けたが、最後にスペインの農園・カノバス家に巡り会った。図子さんも現地に飛び、「これはいいものができる」と確信を持ったという。ノーワックスのレモンは輸送中に傷んでしまうため、スペインで皮を剥き、冷凍で直送するラインを作った。

 「いろいろな人の協力がなければ達成できなかった。10周年のタイミングとして自信をもってやり切れました。『手作りを超えた』と思ったのは、初めての体験かもしれません」

●「変える必要性があるもの」と「変わらないもの」

 10周年を迎え、原点に立ち戻った世界のKitchenからシリーズ。10年後に向けてどのようなビジョンを持っているのだろうか。図子さんは「変える必要性を感じている部分もある」と語る。飲料業界全体の課題として挙げたのが「大衆受けする商品が棚に残ること」。ブランドを応援するファンから「あの商品が好きだったけど、買えなくなってしまった」という声を聞くと、大衆受けする商品しか残らない仕組みを歯がゆく思うのだそうだ。

 「何割かのお客さまが欲しいと思ったら、買い続けられるような仕組みを作れないだろうか――と思いますが、なかなか難しい。今のスキームは、1回にたくさん売れなければいけません。売り方や届け方をもっと考えなければいけない」

 その一方で、10年後も変わらないと断言できる部分もある。

 「『手作り』というアナログ的な製法にこだわりつつも、メーカーだから工場で大量生産している。そこにはやはり矛盾がある。でもブレずにアナログを追求したいです。この業界は効率、生産性、コストパフォーマンスを考えがちですが、身近にいる誰かを思いながら作るということも大事。『自家製』を進化させたいですね」