ここから本文です

自動車産業で今後起こるDisruptiveな革新とシンガポールのポテンシャル――モビリティ・自動運転・デジタル化・EVの潮流

7/10(月) 11:57配信

ITmedia ビジネスオンライン

 最近、「破壊的な」という意味の「ディスラプティブ(Disruptive)」という言葉を耳にする機会が増えてきた。自動車産業におけるDisruptiveな革新が、今後10から15年の間に訪れると言われている。それは車両技術の発展にとどまらず、新たなサービスが出現し、生活者の移動のあり方やクルマの持ち方、関わり方までが変化する……プレイヤーや業界構造を根幹から変える、劇的な革新が予想されている。

 革新がいつどこでどのように起こるのか。企業はどう備え、先手を打つべきか。不確実性が高い中、ローランド・ベルガーは主要な25の指標をグローバル主要国で定点観測し、革新の兆候を先んじてとらえるための取組みを始めた。今回、第1回の観測により浮かび上がったのは、欧州・米国を含めたグローバル各国の中でも革新性を持つシンガポールの存在であった。

 本稿では第1章でメガトレンドについて解説をした上で、第2章で定点観測の概要とその結果、第3章でシンガポールの革新性・ポテンシャルについて論じたい。

●1. 自動車業界のメガトレンド“MADE”

 自動車産業におけるDisruptiveな変化の背景にあるのは、“MADE”という4つのメガトレンドである。これは「Mobility (新たな移動手段)」、「Autonomous (自動運転)」、「Digitalized(デジタル化)」、「Electrified(電動化)」の頭文字を取ったものである。

 4つは互いに独立したものではなく、組み合わさることで大きなひとつのエコシステム(生態系)を形成している。それは、4つの「ゼロ」……交通事故ゼロ、クリーンエネルギーを活用したゼロエミッション、渋滞ゼロ、1台の車両を徹底活用した非稼働ゼロ、を目指している。

1.1 Mobility(新たな移動手段)

 「クルマを自分で保有して使う」という従来の用法とは異なるかたちで移動需要を満たす手段として、カーシェア、ライドシェア、ロボットタクシーなどの「モビリティサービス(MaaS : Mobility as a Service)」が拡大してきている。MaaSにおける総移動距離は、2025年に1.4 兆人キロに達する見込みであり、これは、世界中の総移動距離の6パーセントに該当する。

 巨大なポテンシャルを背景にUBER やGrab、Lyftなど、多額の投資資金を集めたプレイヤーがグローバルに事業を展開している。欧米のみならずASEAN や中国、インドなどの新興国でも市場は広がっており、特にアジアの新興国ではタクシーより安価な一般ドライバーによるライドシェアが、庶民の足として新しい都市交通インフラになっている。

 一方、既存のタクシー産業は打撃を受けており、例えばサンフランシスコではタクシー市場が3割以上縮小し、複数の事業者が倒産。インドネシアでも打撃を受けた地元タクシードライバーのデモ活動が強まるなど、MaaSの勃興による既存産業への影響は非常に大きい。

1.2 Autonomous (自動運転)

 各OEM(完成車メーカー)における自動運転技術の実用化は、現在レベル2(加速・操舵・制動のうち複数の操作を同時にシステムが行う状態)を投入済/計画中の段階にある。

 今後、レベル3(加速・操舵・制動全てをシステムが行うが、緊急時はドライバーが対応する状態)、レベル4(加速・操舵・制動全てをシステムが行い、ドライバーが全く関与しない状態)の実用化を目指し、各社、開発が激化している。但し、乗用車を対象としたレベル3以上の実現には、広域にわたる交通インフラの整備などが必要になり、ハードルはかなり高い。

1.3 Digitalized (デジタル化)

 世のデジタル化と通信インフラの整備は、クルマにも大きな影響を及ぼす因子である。

 クルマにさまざまなセンサーが付与されインターネットとつながり、ICT 端末としての機能を有するコネクテッドカーが普及する。コネクテッドカーは車両の状態や周囲の道路状況などのさまざまなデータをセンサーで取得し、ネットワークを介して集積・分析することで、新たな価値を生み出すことが期待されている。

 例えば、既に保険では実際の走行履歴や運転のクセに応じた保険料の柔軟な設定が行なわれている。他にも部品メーカーが遠隔診断を行う、シェアードサービス車両にテレマティクスサービスを提供するなどの事業機会が生まれている。

 また、クルマのユーザーにとっても、デジタル化が進み販売チャネルがオンライン化したり、車両の状態や履歴がデジタルデータを通じて的確に把握されることで、個別最適化されたサービスが広がり、利便性が向上すると期待される。

 サービス開発の基盤として人工知能の活用も進む。但し、人工知能への投資は大きく技術者の争奪戦も激しいため、全てを自社で賄う企業は限られる。多くの企業にとってはいかに提携を活用できるか、ニーズに合致したパートナーと先んじて組めるか、が重要となる。

1.4 Electrified (電動化)

 環境への配慮、また、車両コンポーネントの小型・軽量化、省ノイズ化に対応するためパワートレインの電動化は今後確実に加速していく。

 但し、電動化の進展度合いは、環境規制順守への圧力、政府や自治体の後押し、充電設備の進化と普及、電池技術の進化、OEMの戦略シフトといった各要素に左右される。

●2. Automotive Disruption Radarによる、革新可能性の定点観測

2.1 Automotive Disruption Radar調査の概要

 4つのメガトレンドMADEを背景とした、自動車業界におけるDisruptiveな革新はいつどのように生じるのか。

 不確実性が高い中、ローランド・ベルガーは主要な指標をグローバル主要国で定点観測し、革新の兆候を先んじてとらえる取組みを始めた。観測に用いたのは5分野にまたがる主要な25の指標を同心円状に配置したDisruption Radar(図表2)であり、各指標を5点満点で評価して中心から獲得した点数分を塗りつぶす。各国において塗りつぶされた面積が広いほど、変革への取組みが進んでいることが確認できるチャートである。

 5つの分野においては、以下の調査項目を設定した。

 ・消費者の関心:新しいモビリティサービスや自動運転・デジタル・EVなどの新しいトレンドへの受容性・関心があるか、どのくらい新しいモビリティサービスを活用しているか、どのくらいEV/PHEVが売れているか、など

 ・規制:自動運転車に関する規制の整備動向、環境関連規制の動向、自動車業界団体の規制への働きかけの状況、など

 ・技術:自動運転車の技術開発レベル、特許動向、EVバッテリーコスト、自動運転や人工知能への投資動向、など

 ・インフラ:5Gカバレッジ、EVチャージングポイントの整備動向、車車間通信の普及動向、自動運転向けの実証実験道路の整備動向、など

 ・自動車業界の動き:自動運転車の開発動向やその技術への投資動向、販売モデルのうち EVが占めるシェア、オンライン・デジタル販売チャネルの整備動向、シェアード車両の台数、など

 調査にあたっては、10カ国(米国、中国、ドイツ、フランス、オランダ、英国、韓国、日本、インド、シンガポール)において1万人以上の消費者にアンケートを実施した。また、政府機関や業界団体、OEMなど、主要な関係者へのインタビューも実施している。調査は今後も四半期ごとに実施し、Disruptiveな革新の兆候をシステマティックに把握できる仕組みを整えている。

2.2 Automotive Disruption Radar調査結果

2.2.1 主要10カ国におけるAutomotive Disruptionの総合評価

 第1回調査の結果、調査対象国の中でも、特にオランダ、シンガポール、中国においてDisruptiveな変化が後押しされていることが判明した。

 オランダは国として自動運転技術開発を支援しており、そのための規制整備が進んでいるほか、EV普及率が高く、EVチャージングポイントも国土を網羅している。シンガポールはUberやGrabのようなシェアードサービスの普及、新規技術に対する政府の支援が存在する。また、中国もDidiなどのシェアードサービスが普及している。

 さらに3カ国に共通するのは、自動車業界における新たなメガトレンドMADEに対する消費者の高い受容性である。

 なお、日本は規制整備の遅れや低いEV普及率、ライドシェアなどのシェアードサービスが普及していないことなどが影響し、10カ国中で最も変化の兆候が弱いという結果が出ている。

2.2.2 消費者の関心:MADEに対するアジア消費者の高い受容性

 10カ国1万人以上への消費者調査により、自動車業界の新しいトレンドMADEに対する消費者の受容性は、欧米よりもアジア諸国で高いことが判明した。各項目についての詳細は以下のとおりである。

・Mobility(新たな移動手段)

 新しいモビリティサービスはどの程度利用されているのか。シンガポール、中国、インドなど、アジア新興国の消費者が、自家用車の代わりにカーシェアやUberなどのモビリティサービスを積極的に活用していた。一方、欧米では、まだ自家用車の活用比率が高かった。

 また、利便性の高いモビリティサービスが浸透する結果、自家用車を購買しなくなるという傾向も、シンガポール、中国、インドで顕著であった。

・Autonomous(自動運転)

 自動運転車サービスは今後、どの程度利用されていくのか。回答者のうち46%は、将来、安価なロボットタクシーを利用できるときが来れば自家用車は購入しないと述べた。特にオランダ、フランス、シンガポール、日本でその傾向が強かった。

・Digitalized(デジタル化)

 消費者のデジタル化が進む中で、例えばクルマの購買についてはどこまでオンライン化されるのだろうか。

 将来クルマをインターネット経由で買いたいという消費者は、中国、インド、ドイツの順で高かった。特に中国では25%もの消費者がオンライン購入を望んでおり、ECやオンライン決済が発達した文化を反映している。なお、最もデジタル化への受容性が低いのは日本の消費者であり、特にクルマの購入は現場で実際に確認して行いたいという消費者が多いと思われる。

・Electrified(電動化)

 アジア諸国(中国・韓国・インド・シンガポール)のEV購入意欲は他国より高かった。

2.2.3 規制:まだ道半ば

 各国における規制の整備状況は、まだ道半ばである。

 自動運転車の型式認証プロセスの規定は、自動運転市場が今後立ち上がる上で大きなポイントとなるが、その整備はオランダ以外は進んでいない。また、EVの普及を促進するエンジン規制や助成金はシンガポールでは進んでいるが、ほとんどの国では限定的であり、2025年のCO2規制方針もまだ最終化されていない。

2.2.4 技術:2021年を目処に自動運転やEV社会実現へのハードルが格段に低下

 自動運転技術について、既に各社は自動運転テスト車両を3~5千万キロ近く走らせて開発に注力している。自動運転レベル4の実現にあたっては制御系CPUの性能を現在の2万DMIPから10万DMIPまで拡大する必要があるが、CPUメーカーのロードマップにもとづくと、それも2021年には達成される方針である。EVバッテリーの製造コストは低減に向けて開発が進んでおり、現在の200USD/kWhから2020年までに120USD/kWhまで低下する見込みである。

 また、べンチャーキャピタルによるモビリティサービスへの投資額は、2016年にグローバルで90億USD以上に達した。特に人工知能分野が注目されており、同分野への投資額は2015年の7億ドルから翌年16億ドルまで拡大している。

2.2.5 インフラ:EV充電インフラはオランダ、自動運転実証環境は韓国と米国で先行

 車車間通信、路車間通信を実現するための通信ネットワークの向上は各国が取り組んでおり、先進国では2020年に向けて5G通信環境が整備される計画である。また、車車間通信の導入は、米国と日本が先行する見込みである。

 EV充電インフラについて、国土あたりの設置密度はオランダが一番高い。一方、中国もEVの環境整備が進む中、設置数では1位であった。

 自動運転の実証運転環境については、韓国、及び米国の複数の州では、ほぼ全ての公道で自動運転の実証走行を可能としており、両国が先行している。

2.2.6 自動車業界の動き:各地域でMADEのトレンドが進展

 ・Mobility:現在、モビリティ関連産業には世界で4万人以上が従事している。中でもシェアードサービスはアジアを中心に拡大。特にUber、Grab、Ola、Didiなどが展開するライドシェアが中国やシンガポール、インドに急速に普及している。

 ・Autonomous:自動運転には主要OEM、サプライヤー、ベンチャー他、あらゆるプレイヤーが積極的に取り組んでいる。主要OEMは自動運転の実現ロードマップを示す中で、レベル4プロダクトを2021年に市場投入することを目指している。

 ・Digital:特にイギリスでオンラインの自動車販売チャネルが拡大しており、同国ではOEM6社が自社サイトでクルマをオンライン販売している。また、OEMによる人工知能やテレマティクス技術への研究資金の投入・提携の動きも活発化している。

 ・Electrified:グローバルにおけるEVシェアは12%となった。特に伸びが大きいのは、ドイツ2015年の9%から、2016年に16%へ)、中国(2015年の7%から、2016年の10%へ)である。さらにOEMの製品ロードマップでは、今後全ての地域でEVの製造・販売が強化されていく見込みである。

●3. シンガポールのポテンシャル

3.1 Automotive Disruption Radarから見えたシンガポールの先進性

 欧米を含めた10カ国調査の中でも、シンガポールの総合スコアはオランダに次ぐ2位。特にポイントが高かったのは、消費者の新しいトレンドに対する受容性、及びシェアードサービスの普及度である。

 シェアードサービスが普及した理由の一つに、シンガポールは所得の割に自動車普及率が低いことがあげられる(国民1千人あたり車両台数は約150台)。政府が渋滞を防ぐため、クルマの購入時に非常に高い車両購入権(COE)を課しており、その他登録料などを含めると本体価格の2~3倍を支払うことになる。加えて、同国の消費者は非常に合理的な消費マインドを持っており、新しいモビリティや自動運転サービスが経済的にお得であれば、自家用車は買わなくてもよいと考えている人も多い。また、新しいサービスも便利であれば積極的に取り入れる先進性がある。

 実際、シンガポールにおいてUber・Grabが提供しているライドシェア・サービスの利用者は近年急拡大しており、国内のタクシー約2.7万台に対し、ライドシェアを提供する車は1.5万台以上に達している。ライドシェアはタクシーより価格が安いため、今までタクシーを使わずに電車やバスを使っていた人々も、ライドシェアを使うようになった。

3.2 シンガポール政府の積極的な支援

 政府は自国が抱える課題を解決し、また、アジアの技術拠点としてグローバルで生き残っていくため、積極的に自動車産業における技術革新、新しい事業モデルの導入を支援している。

 特に政府は、国土面積が限られる中、渋滞により生産性が低下するのを防ぐため、クルマの台数を減らすことができるカーシェア、ライドシェア、ロボットタクシー等などの新しいモビリティサービスの導入に積極的であり、法やインフラの整備、研究補助金の提供などの観点で手厚く支援している。

3.3 「Living Lab」としてのシンガポール

 シンガポールは自国を「Living Lab=生きた研究室」と呼んでいる。国土面積720平方キロメートル、人口550万人の小規模な都市国家は新しいことを試すのに適し、企業はトライ&エラーを繰り返しながら自社の技術やビジネスモデルをブラッシュアップすることができるからである。シンガポールのLibving Labでは、政府の支援と先進的・合理的な国民性を背景に、産官学の機能や知見を融合した新しい取組みを行うことができるエコシステムが構築されている。

3.4 日本企業におけるシンガポールの活用

 シンガポールのエコシステムを活用することは、日本企業にとっても、先端技術へのアクセス、新しい技術やビジネスモデルの実証実験、有効なパートナーシップの構築、金銭的サポートの獲得など多くのメリットをもたらす。ASEANという成長市場への足がかりにもなる一方、グローバルに展開する先進技術をいち早く試すという活用の仕方も有効である。

 Automotive Disruption Radarは今後も継続的に測定し、発表していく。本稿が技術革新や消費者の変化による産業界全体の変革をいち早く掴み、先手を打つための支援となれば幸いである。
(山邉圭介, 石毛陽子)


(ITmedia エグゼクティブ)