ここから本文です

渋沢栄一揮毫の書発見 みなかみ・塩原太助翁記念公園 太助の功績 共感する新資料

7/10(月) 6:01配信

上毛新聞

 日本の近代化に功績を残した実業家、渋沢栄一(1840~1931年)が、群馬県の塩原太助翁記念公園(みなかみ町)の記念碑のために揮毫(きごう)した書が、園内の宝物庫に保管されていたことが分かった。塩原太助遺跡保存会(生方成忠会長)は書を修復し、隣接する塩原太助記念館で年内にも公開する方針。今年は上毛かるた誕生70年に当たり、ゆかりの地を巡るゲームアプリなどで記念館の来場者が増えており、「太助の功績を示す新資料」(生方会長)が注目を集めそうだ。

◎「碑」の字2カ所 太助顕彰の強い思い感じる

 書は長さ5メートル40センチ、幅2メートル10センチの和紙に書かれている。記念館の永井介嗣館長(69)が2年前、宝物庫を整理した際に見つけた。墨で「塩原太助翁之碑」「子爵渋沢栄一書」と書かれ、落款もある。宝物庫を管理する保存会や太助の子孫も、存在を知らなかったという。

 「渋沢栄一伝記資料」によると、記念碑建立を主導した地元の生方太吉が1923年、渋沢に揮毫を依頼。渋沢は承諾した上、自ら200円を寄付した。25年に書を仕上げ、これを基に記念碑が作られた。

 富は社会で共有すべきだとする「道徳経済合一」を唱えた渋沢は、炭屋として成功し、公益事業に私財を投じた太助に強く共感したと伝えられる。28年の記念碑除幕式に寄せた祝辞でも、太助の生涯を「自然と財産を成し、その徳を隣人に働き掛けた」とたたえた。

 書の右下に「碑」の字が大きく書かれている。永井館長は「最初に書いた碑の字が気に入らず、書き直したのではないか。太助顕彰への強い思いを感じる」と口にする。

 渋沢が石碑のために揮毫した書は珍しいといい、渋沢の資料を収蔵する渋沢史料館(東京)の桑原功一副館長(48)も「貴重な資料。ぜひ地元で公開してほしい」と話している。

 書の上部が劣化しており、保存会は今後、具体的な修復方法や公開時期を検討する。

最終更新:7/10(月) 6:01
上毛新聞