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星野リゾート代表、「バブル崩壊がチャンスになった」

7/10(月) 12:02配信

ニュースソクラ

「わが経営」を語る 星野佳路星野リゾート代表に聞く(2)

――星野さんはいったん離れた実家の星野温泉旅館(株式会社星野温泉)に社長として戻りましたが、当時シティバンクでの仕事が面白かったのですから、帰ってくれと言われたとき、迷いませんでしたか。

 僕は米国で勉強して「優秀な経営者」になりたいというのが目標になっていましたので、経営ができれば、どこでもよかったのです。シティバンクにいるより、はるかに間近に経営できるわけですから、迷わなかったですね。

――同族経営には、よい点と悪い点と両面があると思いますが。

 よい点は長期的な経営ができることですね。短期的な目標を達成しようと思うと長期的な目標を犠牲にすることがよくありますが、それがないのはいいですね。

 次の世代にどう引き継ぐかを考えるわけですから、5年や10年ではない。30年単位で考えられるというのがいい。

 悪いのは公私混同が起きやすい点です。上場会社は、周りがウォッチしていますから、公私混同がないのがいいですね。

――星野さんはこれからも同族経営を基本的な路線と考えていますか。

 まあ、株式を上場する理由がないですからね。業態が運営会社なので、資金調達のニーズがないのです。資本はREIT(不動産投資信託)がどんどん入れてくれます。リゾートやホテルは所有したい人の方が運営会社より多いんです。

 さらなる成長を目指して、資金が必要ならば、僕は上場をちゅうちょすべきでないと思っています。同族会社でいたいなどと考えているわけではありませんが、経営者が卒業のために資産を現金に換える上場はあまり意味がないと思います。

――30年先を考えて経営する気持ちを持っているわけですね。

 持っていますし、上場会社も本来、そうあるべきですよね。

――1991年に復帰して約10年間は星野温泉の改革に取り組みましたね。それが現在の星野リゾート(95年に社名変更)の経営の基礎を形成する期間になったのではないですか。

 人集めから始めました。当時、株式会社星野温泉という会社名で、築47年のぼろぼろの旅館を経営していたので、採用に苦労しました。

 でも軽井沢ですから顧客は来てくれますが、労働力が足りない。まず新卒採用をやり、それだけでは不足するので、中途採用をして、何となく業績が上がり始めたのが、95、6年です。

 95年から5、6年連続して増収増益でした。当時はバブルが崩壊して、ゴルフ場やリゾートが経営破たんし始めて、リゾートは全く儲からない業種とレッテルを張られたのに、なぜかうちは増収増益だったので、マスコミに取り上げられる機会が増えました。

 そこから人が集まりだして、運営会社として外に向かって発展できる力がついたのです。

――増収増益基調になった一番のカギは何ですか。

 働いているスタッフのモチベーションが上がったことです。それが一番大きかった。そして適切に投資をしました。1回目の施設の改修を99年にしています。まあ、普通にやるべきことをやっただけなのですがね。

 ビジョンを設定して、それに向かって進んでいくチームを作り、スタッフのモチベーションをしっかり管理したということです。当たり前のことを当たり前にやったんですよ。

 顧客の満足度を測定して、それを数値にして、94年から収益データとともに社内に公表しました。それに基づいて顧客満足度を上げる提案を受けますと、スタッフが自ら満足度をもっと上げようしますし、併せて必要な投資をするというだけです。

――当たり前のことをやるのは意外に難しいといいますね。

 あっ、そうですか(笑)。だけど当時、我々にはそれしか、やることがなかったですからね。僕が目指した「優秀な経営者」は、社員の意欲を引き出せる経営者ですから、淡々とやるしかないですよね。

――星野さんが旅館やホテルの運営受託で成長し始めたとき、世の中全体は逆風が吹いていました。それが星野さんにはかえってチャンスだったようですね。

 そりゃあ、そうですね。チャンスになりました。2001年以降、旅館やホテルなどの再生案件が、運営を受託する我々に持ち込まれるようになったのはバブルが崩壊したからです。

 我々にとって大事な10年間だった90年代も、金利が下がり、建設会社は仕事が無いので、我々の施設の改修工事を安く請け負ってくれました。人材も買い手市場になって、採用しやすくなりました。

 バブル時代に大手のホテル会社がいろんなところに展開しましたが、みんな調子が悪くなって、おとなしくなったんです。非常に有難い10年間だったですね。

――大手企業のリゾートへの進出は、不動産業の延長が多かったと思いますが、バブルがはじけて、ソフトやマネジメント力がものを言う時代になったのでしょうか。

 リゾートとかホテルはいずれにしろ不動産業なんですよ。今でもそうですが、事業は投資家と運営会社、それに金融機関の3つの機能があわさっています。それを1人3役でやりますか、2役ですか、分担して1人1役でやりますかという議論なのです。

 取るリスクは、投資事業と、運営事業とでは全然違います。提供するサービスの専門性も全く違う。1人2役はもともと難しいので、どちらを自分たちの得意な事業領域として選ぶのかという意思決定が重要だと思っていました。

 我々は運営を選んだわけです。不動産のリスクは投資家に取っていただいて、我々は運営に特化した方が、恐らく競合は少ないし、資本があるわけではないので、得策だということだったんですけどね。
(次号に続く)

■聞き手 森 一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

最終更新:7/10(月) 12:02
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