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《高校野球群馬大会・白球の詩》亡き母の遺影の前で古豪完封 新田暁・金古力哉投手

7/10(月) 6:01配信

上毛新聞

 新田暁を夏初めての8強へ導く―。そう誓って主将のエースはマウンドへ立った。「低め、低めへ」。額に流れ落ちる汗を何度も拭いながら、ミットへ向かって右腕を振り続けた。伸びのある135キロ前後の直球を軸にして、古豪桐生を相手に完封勝利を挙げた。

◎母の勧め 野手から転向

 「ピッチャー、やってみればいいじゃない」。母の早苗さんの一言で、投手として歩み出した。入部後に配られたポジション希望調査書。中学時代と同様に「外野手、一塁手」と記入したが、それを見た母は投手を加えるように勧めた。

 中学では補欠。公式戦には一試合も出場したことがない。投手経験は少年野球の練習試合で数回あっただけだった。「投手をやりたい」なんて自分からは言い出せない。さりげなく背中を押してくれたのが母だった。

 内田昇監督に指導を受けながら投手の基本を一つ一つ覚えた。球速と制球力は日を追うごとに増し、1年秋から背番号1を任された。富岡実とのデビュー戦は延長十一回を完投し、4時間27分にわたる雨中の激戦を制した。初勝利を誰より喜んでくれたのも母。帰りの車中で褒めてくれた時の笑顔は、今でも目に焼き付いている。

 そんな母が体調不良を訴え、昨年12月に胃がんと診断された。それからわずか3カ月。3月4日に48歳の若さでこの世を去った。あまりにも突然すぎる別れに、涙が止まらず一日中泣き続けた。「『母っ子』で、行動はいつも一緒。相当つらかったと思う」と、父の友秀さん(46)は振り返る。

 「甘えん坊だけど、芯の強いところは母親似なのかな」。父の心配をよそに、葬儀が終わるとすぐに学校に戻った。「頑張るしかねえじゃん」。自らに言い聞かせて練習に没頭した。1カ月後の春の大会では好投してベスト16入りの立役者となり、名実ともにチームの大黒柱へと成長した。

 迎えた夏。「絶対勝ってくるから」と、遺影の母に約束して家を出た。毎回、マウンドに上がる前には深々と一礼して祈った。「しっかり、見守っててね」

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最終更新:7/10(月) 6:01
上毛新聞

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