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「シーシェパードの真実」と「私の真実」。なぜか片方しか伝えない日本

7/10(月) 20:30配信

ホウドウキョク

狙われた捕鯨の町を見つめる映画「おクジラさま」

紀伊半島の南端に近い和歌山県太地町(たいじちょう)。

人口約3千人の小さな町が、世界から注目を浴びている。

ホウドウキョク

太地町のイルカ漁を批判的に取材した、2009年のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」。

アカデミー賞など数々の映画賞を受賞したこの映画は、日本では反捕鯨映画として上映禁止を求める運動が起こるなど、一時社会現象となった。



NYに在住しドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」などで世界的に高い評価を得ている佐々木芽生(めぐみ)監督は、この映画を巡る騒動を複雑な心境で見つめていた。

佐々木監督は2010年、太地町に足を運び、現場で何が起こっているのか取材を始めた。

そして今年、その集大成である映画「おクジラさま」が公開される。



捕鯨か反捕鯨か?動物愛護か日本の文化と伝統か?

シーシェパードや外国人ジャーナリスト、右翼活動家や太地町の漁師たちなど、様々な人々を巻き込んだこの論争に終わりがあるのか?

一時帰国中の佐々木監督に、この映画に寄せた想いをインタビューした!

東京オリンピックの地雷となりえる捕鯨問題

Q映画の中では、太地町に移り住むAP通信社の記者が、重要な役割を演じています。このAPの記者が太地町の住人に、シーシェパードがインターネットでイルカ漁をライブ中継していると教え、ウェッブサイトを見た太地町の人が驚くシーン。日本は、国際社会に向けての情報発信が下手だと言われていますが、どう思われますか?



「この映画の大きなテーマですね、日本の情報発信の拙さは。日本国内だけだったら、言わずもがな、言わぬも花とか、べらべら話すのはみっともないとか、言わなくてもわかっているとかいう文化があるのですけど。いま世界中がつながっていて、世界を相手に発信しないと、特にこういう問題で日本が責められていると、きちんと言い続けないと相手の言うとおりになってしまうのですよ。相手の言うことのほうが正しいということになる。

たとえば慰安婦問題だってそうです。20万人の女性が慰安婦として連行されました、とニューヨークタイムズにも平気で引用されたりしている。そういうことを声高に修正していかないと、出るたびにチェックして異論を唱えないと、それが事実だと定着してしまう。大変な作業だと思いますけど、国家戦略としてやらないとまずいと思います。

特に東京オリンピックの前に、捕鯨問題は意外と地雷になる可能性を秘めているんですよ。もう東京オリンピックをボイコットとしようと言い始めている活動家もいますしね。そういうこときちんと対応していかないと、まずいことになることをわかってほしいなと。」



Q日本的な感覚からいうと、そうは言っても日本には来るでしょと。



「もったいないです。本当に日本は世界から尊敬されているし、日本人のことを好きだし、日本の文化や日本食を好きです。でもこの捕鯨問題だけが、ネガティブな日本の印象になってしまっていて、それをすごく認識するべきだと思います。だから捕鯨をやめろという短絡的なものではなくて、捕鯨にはアカウンタビリティという、説明責任が、日本として発生していると思うんです。国際社会に対して、それを果たしていないのはすごく怠慢です。」



Q確かに私も国連の取材を通して、日本の情報発信下手を感じることがよくありました。たとえば国際地名会議というものがあるのですが、韓国は日本海を東海に改名するべく、さまざまなロビー活動を展開していました。しかし、日本の外交関係者に聞いてみると、「みんなわかってくれますよ」と取り合わず反論しない。どんな無理難題であっても長年繰り返し主張すれば、じわじわと浸透してくることをわかっていないのです。



「IWCに行って2回取材しましたが、2回とも水産庁がプレスブリーフィングを行いました。しかし、それは日本人しか入れないんです。海外の記者の取材にちゃんと応じないなんて、何のための国際会議ですか。私がいっても、あなた誰ですか?どこのマスコミですか?違和感があるので退出してくださいと言うんですよ(苦笑)。日本の水産庁の広報官ですよ。」



Q海外のメディアを通して情報発信しようという感覚が足りないのですね。議論の経過を日本のメディアに知らせれば、それでいいという発想ですね。



「これだけ国際社会で批判されているのだから、なぜ日本は捕鯨をするのか、海外に発信するいいチャンスじゃないですか。どんな誤解があるのかとか、そういうことをちゃんとあらためないと。」



Q捕鯨の話になると、日本人は必ず国家主義的になります。捕鯨派は日本の文化伝統を守れと主張し、そうなると議論にゴールが無くなります。映画の中では、右翼活動家が太地町側とシーシェパード側を集めて、話し合いの場を設けるシーンがありましたが、結局議論は平行線でした。太地町の町長は、話したいならこちらに住んでからだと。そう言ったら身もふたもないというか、話し合いにならないですよね。監督は、南極捕鯨と沿岸捕鯨を分けて考えるべきだとおっしゃいましたが、それ以前にお互いに少しヒステリックになって感情が妨害してしまいますよね。



「ナショナリズムとくっついちゃいますから、両方ともヒステリックにしか聞こえません。でもそういうことって意外と私たちの日常の中にもあるじゃないですか。どうしたら分かり合えるか、人間のコミュニケーションというか、行きつくところはそこなんじゃないかと。」



Q民主主義って折り合いをつけることだと思うんですよね。お互いに折れないと絶対に近づかない。言葉や文化の障害があるとなおさら難しくなるんですけど、最終的にはどこかで折り合いをつけないといけない。



「折り合いをつけるときにやっぱり気を付けなければならないのは、目指すものは同じだということです。大きな視点で見ると、活動家も太地町の漁師も、資源が枯渇したら困るわけじゃないですか。末永く豊かな資源を守っていくと言うのは、人類共通のゴールであるべきで、ずっと小さい世界で、イルカが可愛いとかこれは文化だとか、そういうせこい議論をするのが間違っていると思います。海の資源は大変なことになっているじゃないですか、世界的に。特に日本はまずいと思いますよ。イルカだけじゃなくて、他の魚も獲れなくなっていますよね。本当に海の資源は管理されているのかどうか、そこに透明性が無いと。獲れなくなったら一番困るのは、誰よりも漁師さんたちですから。

そういう視点で見たらこれを機会にちゃんと見直してみましょうとか、そういうふうになるのが民主主義国家だと思います。」

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最終更新:7/10(月) 20:30
ホウドウキョク