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沖縄の石、海を越えアメリカへ 沖縄戦の激しさ物語る記念碑に活用

7/10(月) 13:05配信

沖縄タイムス

 【クリッシー悦子通信員】激戦地沖縄から運ばれた石が記念碑として現在でも米ウィスコンシン州にある。記念碑は同州南東のケノーシャ市の中心地にあり、ここから美しいミシガン湖が望め、市民に歴史を教える場所として親しまれている。

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 1969年、ケノーシャ郡の退役兵会は沖縄在住の米将校に石を探すよう要請、将校と知古だったケノーシャ市出身のフランク・ポンティーロさんが協力して沖縄中を探し回った。

 ポンティーロさんは沖縄の画家大嶺政寛さんの娘尚子さん(74)の義弟で、適当な石を見つけるため義兄のエミールさんも協力した。当初は糸満の摩文仁など沖縄戦の戦地を中心に探し回ったが見つからず、偶然にも大嶺さんの庭にあった石が最も記念碑にふさわしいとし、これに決定した。石は高さと奥行きがそれぞれ1メートル22、幅2メートル75、重さ9トンの大きなもの。

 石の輸送には在沖米軍退役兵の会と同州出身の下院議員が尽力、米海軍の協力も得て翌年8月にカリフォルニア経由でケノーシャに到着した。

 ケノーシャに住んでいた尚子さんは石が届いた日のことを今でもよく覚えている。この記念碑から道を隔てて尚子さん夫妻の画廊があり、一家は毎日、碑を眺めて仕事に励んだという。政寛さんが亡くなった後、母の勝子さんは何度かケノーシャに尚子さんを訪ねた。そのたびに記念碑を訪れ「この石は尚子を追ってここに来たんだね。あなたたちはこの石に守られているんだよ」と話していたという。

 尚子さんは「当時は本当に石だけがでんと座っているような素朴な記念碑だったが、時代の変遷に伴いいろんなものが周囲に作られ、随分立派なものになった。父母も夫も義弟も亡くなった。この石は私の沖縄とケノーシャを結びつけるもの」と感慨深げに語った。

最終更新:7/10(月) 13:30
沖縄タイムス