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ウォーリーをさがすように、「顧客」を見つけることができるのか

7/11(火) 11:25配信

ITmedia ビジネスオンライン

 営業担当のビジネスパーソンにとって、自社の製品やサービスを購入してくれる可能性が高い顧客を見つけるのは簡単ではないだろう。

【どのようにウォーリーを探すのか】

 営業では、DL(ダイレクトメール)やポスティング、最近ならインターネットなどで顧客になりそうな相手を探すなど、基本的に“数”を打ちながら新規契約者を獲得していくケースも少なくない。なかなか骨の折れる仕事で、根気が必要となる。

 そんな営業の世界で、かなりの高確率で自社と契約してくれそうな相手があらかじめ分かっていれば、会社での評価が上がり成績もよくなるはず。このように書くと、外回りで日々汗を流しているビジネスパーソンから、「そんなことができれば苦労しないよ!」と怒鳴られそうだが、実は現在、米国ではAI(人工知能)を駆使して高精度で見込み客を開拓する新たなツールが実用化されており、にわかに注目を浴びている。

 AIを駆使したビジネスツールを提供する企業は今各地で増えている。例えば、AIで消費者の動向を分析して企業に提供する「Drawback」という米カリフォルニア州の企業や、台湾を拠点に各国でターゲティング広告配信のプラットフォームを提供する「Appier」といった企業などが知られている。またAIの営業支援サービスを提供している米ユタ州の「InsideSales.com」という企業もある。

 こうした企業の中でも、営業に特化した、AIを駆使した独自ツールを提供している興味深い企業がある。米IT系情報サイト「ギガオム」でB2Bのベストプラットホームのコンペティションで勝利した経験があり、米フォーブス誌で「2017年に導入すべき11のビジネスツール」にも取り上げられるなど、最近米メディアでも名前を見る機会が増えた「LeadCrunch(リードクランチ)」だ。

 このリードクランチが他のAI企業と違うのは、同社が提供するプラットフォームが、もともと米海軍に導入するために開発されたAIシステムだということだ。米海軍では、何百万というデータやバリアブル(変数)を分類・解析し、海上における船舶などの特徴的な動きを監視している。例えば、このテクノロジーを使って、海上交通路から外れて航行する船舶が、一般商船なのか中国の駆逐艦なのか、はたまた怪しい船舶なのかをAIによって分析し、さまざまなパターンから予測・判断しているのだ。

 それと同じAIシステムを使って、リードクランチはビジネスで有望な顧客を集める営業ツールを提供している。

●ビジネス部門に進出した経緯

 そもそも米IT企業の最新鋭テクノロジーには、米軍関係のプロジェクトとして開発されてから、民間で磨かれて実用化されることで広く普及するというテクノロジーは少なくない。私たちが日常的に使っているインターネットもそもそもは米軍が開発したものだし、アップル社の音声AI機能であるSiriも米国防総省の研究機関DARPA(米国防高等研究計画局)が開発に関わっている。そう考えれば、海軍向けに作られたAIテクノロジーが民間に転用されて成長していくのは自然な流れだ。

 しかもリードクランチは大手2社を抑えて海軍との契約を獲得している。その2社とは、有名なAIシステム、ワトソンを開発するIBMと、情報機関などとも大型契約している大手のパランティアだ。リードクランチはもともとデジタル世界の詐欺行為対策やサイバーセキュリティを中心にビジネスを行なっていたが、そのノウハウが営業の見込み客を分析するのにも活用できると考え、ビジネス部門に進出したという経緯がある。

 ではリードクランチはどんなAIツールを提供しているのか。同社はまずクライアントの営業部門がこれまで契約してきた20~100の企業または個人の顧客名と住所、Webサイトなどの情報を受け取る。その情報を元に、徹底して財務情報、求人情報、プレスリリース、スタッフのプロフィール、過去の契約のきっかけ、さらには、WebサイトやSNSでのポスト、ニュース関連情報などありとあらゆるデータを収集し、インプットする。

 そこから、数多くの企業の記録や文書など莫大なデータが集約されている自社のAIによる解析で、すでに顧客になっている企業などと類似する企業を見つけ出し、契約見込みの高い企業や個人を導き出す。その上で、電子メールなどの情報や相手へのコンタクトの仕方までアドバイスをする。

 世界的にもビジネスシーンなどでネットによる情報共有がかなり進んでいる米国らしいサービスだと言えるが、イメージとしては、昔日本でも流行った「ウォーリーをさがせ」のようなもので、大勢の群衆の中から見込みある客をピンポイントで見つけ出すのだ。

●どのようにして「ウォーリー」をさがしているのか

 では実際に導入した企業が、どう「ウォーリー」を見つけだすことができたのか、見てみたい。

 カリフォルニア州サンディエゴを中心に、中型トラックのカーシェアサービスを提供する「ゴーシェア」。2014年に立ち上げられた同社は、配車サービス大手のウーバーのトラック版で、引越しや大きな買い物をした時など大きめのクルマが必要になったときに利用できるサービスだ。GPSで確認して最寄りのトラックを呼ぶと、運転手付きの中型ピックアップ車などが登場し、客と荷物を乗せて、目的地まで運んでくれるのである。

 同社はさらなる事業拡大の資金を調達しやすくするために月30%の成長を目標に掲げた。そして、それを達成するためにリードクランチの導入を決めた。

 リードクランチのAIツールからビジネス契約の見込みがある客の情報を得たゴーシェアは、導入後1週間ほどで変化を見せ始めたという。新規開拓のためのコストを劇的に減らすことに成功し、営業そのものに時間を費やせる時間が以前の3倍にもなった。

 営業先を闇雲に探す手間がなくなり、精度の高い見込み客リストを手にできるため、契約交渉に集中できるというわけだ。また、これまで進出していなかった周辺地域での新規開拓でも効率が倍増した。結局、ひと月の見込み客獲得数は300%増え、投資利益率(ROI)は500%になり、3カ月で成長率は3倍になったという。

 また企業ニュースなどを提供する米アントゥレプレナー誌は、リードクランチを注目企業として取り上げた記事の中で、同社のAIサービスを導入した企業のこんなケースを紹介している。月10ドルの料金でグーグルの拡張機能を売っていた「Ebsta」という米IT企業が、リードクランチと契約。リードクランチに自社の顧客100人の情報を渡して分析を依頼し、そこから導き出された見込み客のリストを利用するようになった。

 Ebstaによると、リードクランチから提供される情報は、社内で裁量権のある人物の名前とメールアドレス、電話番号までがリスト化されており、使い勝手がよかったという。これによって、担当者を見つけるアポ取りの時間などが削減でき、実際にそれまで平均35日かかっていた企業との面談までの時間が、平均10日と飛躍的に効率化された。

●AIと企業の営業が切り離せなくなる日

 企業なら一度は試してみたいと思うような興味深いAIビジネスツールだが、実はリードクランチには課題も指摘されている。

 AIを駆使したデータ解析などと言うとかなりの金額が要求されるのではないかと思われがちだが、リードクランチの場合、精度が60~70%のリストなら300ドルから利用可能だ。もっとも精度の高いデータを求めるなら、最低3000ドルの契約から始められる。ただこの金額設定があまりにも低いのではないかと指摘されているのである。低い料金設定だけでなく、資金調達もあまり進んでおらず、それこそが、同社がまだもうひと段階上に成長できない理由だとの声もある。

 リードクランチも、価格設定が低く、ほかのIT系企業に比べて自分たちが得ている資金が低いことを自覚している。オリン・ハイドCEOは同社のブログに、「他の企業は十分すぎるほど資金調達しているために、私たちと違って、さらに学んで革新的であるべきだというプレッシャーを感じなくなっている。私たちは資本効率と、他よりも低いコストと短時間で問題を見直してライバル企業に打ち勝ちたいのです」と主張している。職人気質といえるその独自路線が今後吉と出るかどうかが注目される。

 ただ、リードクランチに限らず、こうしたAIを使った営業ツールは今後も注目されることは間違いない。現在ではまだ米国が中心だが、今後、企業が成長を続けてローカリゼーションなどが増えてきたり、AI技術が広く使われるようになれば、一気に世界でも広がることだろう。

 AIと企業の営業が切り離せなくなる日はそう遠くないかもしれない。

(山田敏弘)