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日本全国の土産物屋で、なぜ「木刀」を売っているのか

7/11(火) 8:27配信

ITmedia ビジネスオンライン

 少し前、「こんぴらさん」として親しまれる香川県の金刀比羅宮を観光で訪れた。

 足を運んだことのある方ならば分かると思うが、参道口から奥社までの1368段の石段は意外とキツい。そこで休憩がてら、参道沿いに軒を並べる土産物屋に立ち寄ってみたところ、なんともノスタルジックな気持ちにさせられるモノが目に飛び込んだ。

【土産物屋は「古い商習慣」に引きずられている】

 「木刀」である。

 最近の子どものことはよく分からないが、私が小中学生だった30年くらい前、男子が修学旅行へ行って手を伸ばす土産物といえば、これが定番だった。不良も優等生も関係なく、「木刀」を手に家路につく男子が多かった。

 まだこんなの売ってるんだなあと感慨にふけりながら手にとってみると「1300円」という値札が付いていた。それを見てふと疑問がわきあがった。

 「1300円」といえば、修学旅行の小遣いのなかでかなりの割合を占める。なぜ少年時代の私はなけなしの小遣いをはたいて、こんなモノを買ってしまったのか。

 バカだったといえばそれまでだが、別にグレていたわけでもないので、周囲を威嚇しながら振り回すなどの使い道もない。事実、家に持ち帰ってからはタンスの間に落ちたモノを引き寄せるくらいにしか使っていない。

 そうなると、考えられるのはなにかしらに対する「憧れ」だ。そういえば、ちょうど小学生くらいのとき、『週刊少年ジャンプ』で連載していた『風魔の小次郎』(著・車田正美)というマンガで主人公が「風林火山」という木刀を持って、ライバルたちと戦いを繰り広げていた。

 やはり主人公が「洞爺湖」と彫られた木刀を持つ「銀魂」のファンである外国人観光客たちが、いまだに洞爺湖温泉で木刀を買い求めるという話もあるので、なくはない。

 ただ、しばらく自分の記憶をたどってみると、それだけではないような気がしてきた。確かに頭の悪い子どもではあったが、鏡の前で木刀を構えて、「風魔烈風剣!」とかやっていた思い出は皆無なのだ。

●あの日の自分は、なぜ「木刀」を手に

 ヤンキー的なバイオレンスな使い道もない。チャンバラヒーローに憧れていたわけでもない。にもかかわらず、なぜ京都でも、そして日光でも、あの日の自分は「木刀」を手に取ってしまったのか――。

 なんて感じでいろいろ思い悩んだ結果、ひとつの結論に至った。それは「どこの土産物屋でも売っていたから」である。

 今のようにご当地キャラクターだ、地域限定発売のスナック菓子だなんてのがない時代、修学旅行生が立ち寄るような土産物屋さんの商品ライナップはだいたい決まっていた。

 寺や仏像をモチーフにした絵葉書、よく分からないファンシーなキャラクターが用いられたキーホルダー、もしくは五重塔なんかの模型がついた卓上カレンダーやボールペン、そしてペナントである。

 こういうラインアップのなかで、10代男子のハートをつかみそうなホビー感のあるモノといえば、「木刀」しかない。つまり、「京都に来たからには絶対に木刀を買わないと」なんて感じで積極的に買い求めていたのではなく、「他に欲しいものもないし」という感じで買っていたのだ。

 では、なぜ「木刀」はどこの土産物屋でも売られていたのか。

 その疑問に対する答えは、先週発売された『世界一訪れたい日本のつくりかた』(東洋経済新報社)という本のなかにある。

 著書はデービッド・アトキンソン氏。金融機関の不良債権問題を早くに指摘した「伝説のアナリスト」としての分析力で、日本のポテンシャルの高さを指摘した『新・観光立国論』(東洋経済新報社)は山本七平賞を受賞。明日の日本を支える観光ビジョン構想会議委員、日本政府観光局特別顧問などを務めながら、日本が「観光立国」になるための提言を積極的に行なっている。

●土産物屋は「昭和」の感覚を引きずっている

 この新刊でも、日本が「観光大国」になるためのさまざまな具体的な提案がなされているので興味のある方はぜひ手にとっていただきたいのだが、個人的に注目したのは、アトキンソン氏の「日本の土産物屋」に対する指摘である。以下に引用しよう。

 「私はこれまで日本の土産物屋が不思議でなりませんでした。どこの店も同じ商品を並べているからです。今の観光客は都会のショッピングの感覚で、いくつものお土産さんに足を運びますので、まったく時代のニーズに合っていないのです」(P.103)

 これには、大きくうなずく人も多いのではないか。隣り合わせになっている店をのぞいても、同じ菓子、同じキーホルダー、同じTシャツが、同じように陳列されていて、まったく「独自色」がないのだ。

 なぜこうなってしまうのかということを、アトキンソン氏は「昭和」の感覚を引きずっているからだという。人口が右肩上がりで増えていた昭和の時代、観光業者からすると、とにかく有名観光地に大挙して観光客が押し寄せて、同じような価格のホテルに泊まって、同じようなレジャーを楽しみ、同じような土産物を買って帰るというスタイルが当たり前だった。

 「一気にやってくるので、ひとつの店ではさばききれません。そこで隣の店でも、そのまた隣の店でも、同じ土産物を置くようになったというわけです」(P.104)

 そんな日本の土産物屋の「横並び」ぶりを象徴するのが、「木刀」である。ご存じの方も多いかもしれないが、「木刀」という土産物のルーツは「白虎刀」と呼ばれる会津若松の白虎隊をモチーフにした白木刀にある、というのが通説となっている。

 その成り立ちには諸説あるが、明治30年ごろに当時の皇族の1人が会津を訪れた際、白木刀を献上したところ大変好評で、これを「白虎刀」と名付けて販売したらどうだと言われたのが始まりだそうだ。その後、大正・昭和にかけて非常によく売れたことで、製造元がいろいろなバージョンを出し、それが東京や鎌倉、奈良という観光地にも広まっていったという。

 つまり、「木刀」というのは「観光地の土産物」ではなく、実は会津若松からドミノ倒しのように全国へ広まった「ブーム」だったのである。その構造は、名古屋から全国区に火が着いた「なめ猫運転免許書」とほとんど変わらない。

 そんな大昔の「ブーム」の名残が、「日本の土産物屋」ではいまだに当たり前のように並べられている。「時代のニーズ」に合っていないというよりも、そもそも「時代のニーズ」をとらえようという気すらみえないのだ。世の中にはいろんな商売があるが、ここまで「稼ぐ」という意識に乏しい世界も珍しい。

●日本の観光は時が止まっている

 いろいろ意見があるだろうが、やはりこれは「昭和の感覚」を引きずっていることの弊害ではないかと思う。

 観光地に店さえ開けば、木刀やペナントという「時代のニーズ」を無視した土産物でもそれなりに売れた時代が長かったので、「よその店と同じような品ぞろえをしておけば大ハズレしない」というのが土産物業界の「悪しき慣習」となってしまったのだ。

 実際、「昭和の感覚」は日本の観光を静かにむしばんでいる。例えば近年、外国人観光客が多く訪れている日光の土産物屋をのぞいたドイツ人女性はこんな感想をもらしている。

 「土産物屋が同じような感じで、つまらなかった」(日本経済新聞 2015年12月12日)

 ちなみに、『世界一訪れたい日本のつくりかた』のなかに詳しいデータが出ているが、実はドイツは中国、米国に次いで世界で3番目にアウトバウンドにお金を費やしている「旅行大好き国」である。にもかかわらず、ドイツの観光客は日本に18万人しか訪れていない。同じくアジアの「観光大国」であるタイには84万人も訪れているにもかかわらず、である。

 日本の観光は10年で3倍に成長している「希望の産業」だが、まだまだ改善点は多いとアトキンソン氏は新著で訴えている。

 特に手をつけるべきは、いまだ「昭和」で時が止まっている観光業者の感覚だが、それを変えるのがいかに難しいのかということを、土産物屋に置かれる「木刀」は我々に教えてくれている。

(窪田順生)