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<平和の鐘>姉妹鐘ミャンマーに贈る 不戦の誓い次代に

7/11(火) 23:58配信

毎日新聞

 ◇元宇和島市長の六女中心に

 元愛媛県宇和島市長の中川千代治さん(1905~72年)が各国貨幣を溶かして造り、54年に国連本部へ贈った「平和の鐘」。その時に残った原材料に新たな貨幣を溶かし込んだ「姉妹鐘」が、ミャンマーに贈られた。首都ネピドーで11日、贈呈式があった。同国は中川さんが戦時中、九死に一生を得て不戦を決意した地で、関係者は平和への誓いを新たにした。

 中川さんは太平洋戦争中、旧ビルマ戦線で従軍。42年7月、所属部隊がほぼ全滅し、自身は脚を負傷して気が付くとパゴダ(仏塔)にいた。「私だけ生かされている」という申し訳なさに苦しみ、「二度と愚かな戦争をしてはいけない」と不戦の訴えを終生の使命に定めた。

 戦後の51年、国連総会に自費でオブザーバー参加。世界60カ国余りの貨幣を集め、日本が国連に加盟する2年前の54年、「世界絶対平和万歳」と刻んだ鐘を米ニューヨーク・国連本部に贈った。現地の鐘楼の下には被爆地・広島と長崎の土が収められ、鐘は毎年9月21日の「国際平和デー」に事務総長が鳴らしている。

 「原点の地」であるミャンマーへの鐘の贈呈は、中川さんの六女で一般社団法人「国連平和の鐘を守る会」代表の高瀬聖子さん(69)=東京都多摩市=らが中心になって進めた。

 平和の鐘を鋳造後に60年余り保管されていた残りの金属塊に、世界70カ国の貨幣を新たに溶かし、重さ約1キロの三つの姉妹鐘を製作。高瀬さんは昨年10月と今年1月にミャンマーを訪れ、アウンサンスーチー国家顧問兼外相と親交の深い平和運動家、少数民族の代表らと会い、贈呈への理解を得た。今月に東京のミャンマー大使館を訪ねた際、トゥレインタンジン大使は「平和の鐘は心の象徴になる」と感謝の言葉を述べたという。

 鐘は国会、国民に親しまれているヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ、ヤンゴンの日本人墓地にそれぞれ置かれる。高瀬さんは「千代治は『主義、主張、民族、宗教の違いを乗り越えたところに平和がある』と言っていた。その願いを鐘に込めた」と話した。【松倉展人】

最終更新:7/11(火) 23:58
毎日新聞