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「あの花田監督と昔、同じ区間を…」志半ばで競技の道を断念した記者のひそかな期待

7/13(木) 16:02配信

スポーツ報知

 10代マラソン日本最高記録(2時間11分34秒)保持者の下田裕太(21)=青学大4年=が来春の卒業後、GMOアスリーツへの加入が決まった。受け入れる花田勝彦監督(46)に電話すると「来てくれることになって本当に良かった。責任を持って育てます」と喜びと覚悟を明かした。

 花田監督は私にとって“自慢”の人物だ。1991年の箱根駅伝で同じ3区を走った。花田監督は早大1年、私は東洋大3年だった。

 武井隆次、櫛部静二(現・城西大監督)とともに「早大三羽ガラス」と呼ばれる大会注目のルーキーだった。1区の武井は圧巻の区間新記録で首位に立ったが、2区の櫛部が大ブレーキで早大は14位に転落。当時、低迷期だった東洋大は早大から35秒遅れの最下位(当時出場は15校)で、戸塚中継所にたどり着いた。距離にして200メートル強。スタートした時、遠くに見えていた花田の背中は徐々に消えた。最悪のレースの流れの中で、新人ながら花田は区間6位と健闘した。私は区間14位…。力の差は余りにも大きかった。

 その後、彼は箱根駅伝というステージを飛び越え、1996年アトランタ、2000年シドニーの両五輪に出場した。

 「オリンピックに出場した、あの花田選手と昔、同じ区間を走ったんです」

 悔しい経験は、志半ばで競技の道を断念し、スポーツ紙記者となった私にとって、いつしか、ささやかな自慢話になった。20年ほど前、記者として花田監督を初めて取材した時、全く覚えてもらっていなかったけど。

 現役引退後、花田監督は上武大へ。ゼロから作り上げたチームを箱根駅伝の常連校に育てた。昨年「世界に通用するNO1のスポーツ選手の育成」を理念に掲げて発足したGMOアスリーツの監督に転身。大学チームから社会人チームへ、戦いの場を移した。

 GMOアスリーツには青学大時代、箱根駅伝3連覇に貢献した一色恭志(23)を始め、マラソン2時間10分19秒の自己ベスト記録を持つ橋本崚(23)ら逸材がそろう。そこへ、来季から下田が加わる。上武大で指導者として手腕を発揮した花田監督の、さらなる活躍に期待している。

 「オリンピック選手を育てた、あの花田監督と昔、同じ区間を走ったんです」

 2020年東京五輪の後、自慢話を増やしたい。ひそかにそう思っている。(記者コラム・竹内 達朗)=一部敬称略=

最終更新:7/13(木) 16:03
スポーツ報知