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《ブラジル》【樹海コラム】裏方の皆さん、日本祭りお疲れさま!

7/11(火) 5:31配信

ニッケイ新聞

 「今年も日本祭り、お疲れさま!」――土曜午前10時過ぎ、サンパウロ市のジャパグアラ駅外の無料バス乗り場は、すでに30分待ち。会場の混み具合からしても、間違いなく例年以上の人出だ。その対応で、朝から晩まで働いた各県人会の婦人部や青年部始め、日系団体や企業の皆さん、県連役員の皆さんに、心から「お疲れさまでした」と言いたい。
 「世界中探しても、地元主催でこれだけの規模の日本祭りを開催しているのはブラジルだけ」。本紙ブースに立ち寄ったさる外交官は、しみじみとそう言った。県連が企画し、現地側企業が支援し、県人会や日系団体が力を合わせて実行した。欧米にも漫画アニメに偏ったものはあるが、ここのように日本文化を総合的に体験できるイベントは世界中見てもない。
 日系ボーイスカウトはもちろん、若者の参加が年々増えている感じを受ける。和太鼓隊が会場を叩きながら行進するのも、「祭り」の雰囲気を盛り上げていい。元気があった頃の「日本の村祭り」が、ブラジルに移植されつつある感じだ。
 網野弥太郎さんが県連会長だった時代、20年前に日本祭りはイビラプエラ公園のマルキーゼで始まった。当時、鳥取県人会の西谷博会長が芸能部門を仕切り、普段の温厚さをかなぐり捨てて「出演者に弁当ぐらい出さないでどうするか」と熱弁をふるっていた。舞台から落ちて大ケガをしたのに、西谷さんは指揮を執り続け、祭りを成功させた。その勢いを駆って、西谷さんは2000年から県連会長を任された。
 コラム子は第2回から欠かさず見ているが、当時から身動きできないほどの人出だった。その後、聖州議会駐車場を経て、現在の会場へ。日本移民90周年を機に始まり、一般社会向け日本文化普及イベントとして20年間も続いてきたことの重大性、親日派ブラジル人を育んできたことの意味を改めで今回痛感した。これが「移民が誇る民間外交」でなくて何なのか。日本政府のジャパンハウスがいつまで続くか分からないが、こちらは少なくとも20年は先を行っている。

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最終更新:7/11(火) 5:31
ニッケイ新聞