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【アグネスのなぜいま(16)】5分たつと忘れる母との会話を楽しむ

7/11(火) 14:00配信

ニュースソクラ

楽しくできる自信があっても、一人では難しい介護

 私の母は今、93歳。医者の姉が、健康管理をしっかりしているので体は元気ですが、目がほぼ見えなくなり、耳もわずかしか聞こえません。最近は痴呆症が進行して、物覚えも悪くなりました。

 母は年の初めに転倒して、足の骨にひびが入り、手術を受けました。リハビリの結果、少し歩けるようになりましたが、それでも人の手を借りなければ歩く事が出来ません。そんな母が心配で、最近は頻繁に香港へ戻るようにしています。

 今の母は、5分前に話したことも忘れてしまいます。「あなた、帰ってきてくれたの?」と喜んでくれて、私がトイレに立って戻ってくると、再び「帰ってきたの?」と驚いて、喜んでくれるのです。

 最初のうちは母のこうした状態が悲しくて、寂しく感じました。大好きな母が、遠くへ行ってしまったように感じたのです。

 しかし今では、この5分間のサイクルが楽しめるようになりました。母の思考のサイクルが5分しか続かないなら、その5分間で楽しい話をたくさんしようと思うようになったのです。

 「そうよ、帰ってきたのよ。元気?」と同じ話しを繰り返しながら、会話を楽しむのです。

 母は最近、私が歌手である事も忘れてしまいました。
「君は何をしているの?」「日本で歌を歌っているんです。私は歌手なのよ」というと、「何語で歌うの?」
「日本語ですよ」を答えると、「へーあなた、日本語をしゃべれるの?」とびっくりします。
「そうですよ。私は日本人と結婚しているのよ」と言うと、「なぜ?なぜ日本人と結婚したの?」と、またびっくりするのです。

「あなた子供はいるの?」
「男の子が3人」
「女の子がいないと、寂しくなるわよ。今から産みなさい」「もう産めないよ」と言うと、「あなたはいくつなの?」と聞かれます。
「もう、61です」と答えると、「ウワー!それじゃあ、もう産めないね。仕方ないね」と大笑いをするのです。

 日本デビュー以来、40年以上も香港を離れていた私。母にはずいぶんさびしい思いもさせてきたことでしょう。日に日に弱っていく母に、少しでも安らぎを与えたい。そう思って毎日、母の思考回路を一緒にたどりながら、自己紹介を繰り返したり、たわいのない話をしたりして母との会話を積み重ねています。

 母は体調が悪くなると、混乱して、不思議な行動に出ることもあります。急に夜中に起き出して、「早く行かないと飛行機に乗り遅れる」と着替えをして、バッグを持って出かけようとします。

 「今日は私の誕生日なのに、なぜお祝いをしてくれないの」と勘違いをして、大騒ぎすることもあります。時には、布団をお煎餅と勘違いして、食べようとします。

 「かわいいね。子供たちがなぜこんなにたくさんいるの?」と存在しないモノが見える時もあります。そんな時は、説得するのに一苦労。対応に困ってしまうことも度々です。

 母は今、現実と脳内世界の境をさまよっている状態です。穏やかな日もあれば、攻撃的になる時もあります。

 介護する側はそうした状況を理解し、寄りそって、できるだけ母のいい部分を認め受け止めてあげる。それが一番大切なことだと思うようになりました。

 90歳の誕生日までは、一人で歩く事も出来た母。人間はわずか2、3年でこんなにも急に衰えが目立つようになるのかという複雑な思いもあります。

 明日の朝、果して母は私のことを覚えていてくれるのか? ドキドキの毎日です。でも、どんな状況になろうと、心構えはできています。

 たとえ娘である事を忘れられる日が来ても、私は母と根気よく楽しく付き合ってける自信があります。自分の体力と知恵がある限り、私はどんな状況になろうと母の介護を続けていくつもりでいます。

 ただし、一人で頑張りすぎないこと。それが介護を経験してみて分ったことです。私の兄弟姉妹たちも、仕事のために、限られた時間しか介護に関われません。そのため、みんなで役割分担をして、チームで介護をするようにしています。

 親の介護は私たち世代の共通の悩みです。私は今60代で、比較的元気ですが、70代、80代になったら、どうなるのか?介護はケースバイケースで、人それぞれ事情は違いますが、その苦労は同じです。老老介護が問題になっている今、社会的な支援が本当に必要だと思います。

 高齢化の問題は、日本も香港も同様に深刻です。介護にたずさわる多くの仲間達と共に、私も明るく前向きに努力を続けていくつもりです。

■アグネス・ M ・チャン:アグネスのなぜいま(教育学博士)
1955年香港生まれ。本名金子陳美齢。72年日本で歌手デビューしトップアイドルに。上智大学を経て、トロント大学(社会児童心理学)を卒業。94年米スタンフォード大学教育学博士号取得。98年日本ユニセフ協会大使。2016年ユニセフ・アジア親善大使も兼務。

最終更新:7/11(火) 14:00
ニュースソクラ