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コロンビア大学を卒業したけど、拝金主義にはうんざり。バーテンダーが1番楽しい

7/11(火) 20:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

私は2年前からニューヨークのマンハッタンを脱出し、クイーンズに住んでいる。アパートの家賃を払うためだけに働く人生は嫌だと思ったからだ。クイーンズは富裕層しか住めなくなったマンハッタンと異なり、家賃が比較的安く、ニューヨーク市の中で最も多くの移民が集中している。

【画像】リナとソーニャ。2人とも大学を卒業したが、利益第1主義の仕事は嫌だとバーテンダーを選んだ。

お気に入りの場所の一つがリナ・ヘイバーリーとソーニャ・ラトニキが、手塩にかけて作ったご近所バー「ザ・バッド・オールド・デイズ」。アメリカの1950、60年代を思わせる渋い内装だが、開店わずか2年足らずだ。リナは31歳、ソーニャは33歳と若く、男性中心で競争が激しいニューヨークのバー経営者としては、かなり珍しい。

「あらゆる意味で、退屈で惨め」だった

バーは20~30代のヒップスターと呼ばれる近所の若者であふれている。音楽やアート、本に敏感だが、私の近所ではタトゥー、ビニー(帽子)、穴あきジーンズ、無精髭などアウトローなファッションが目立つ。ここで友達になり、大統領選挙中にテレビ討論会を見て議論し、読書会や誕生日パーティ、クイズ・ナイトを開き、近所の郵便配達夫がお手製スープを振舞ったりする。ここは、ご近所の「ハブ」的存在だ。私も、インタビュー取材に使ったり、アパートの泊まり客のために自宅の鍵を預けたりする。

リナは、東部マサチューセッツ州ボストンの生まれ。進学したニューヨークのコロンビア大では神経科学を専攻した。2007年に卒業し、神経科学分野の行政法人に2年間勤めた。しかしその2年は、「ありとあらゆる意味で、退屈で惨め」だった。誰もがコンピューターに向かい、会話はご法度。リナは会社を辞め、生活費のため、ニューヨークのダウンタウンでバーに履歴書を配って歩いた。バーテンダーのノウハウは学生時代、アルバイトのため、スクールで覚えた。

「大学だけは出てくれ」と頼んだ父親

採用されたのが、アンダーグラウンド系のミュージックバー「ロックウッド」。一晩に7つのバンドのショーが開かれ、ミュージシャンらとの交流があり、次々とくるカクテルの注文。ラボでの退屈さとは正反対の活気と、生の人間との接触で、すっかり気分が晴れた。そして、ソーニャに出会う。

ソーニャは、中西部ミネソタ州の牧場生まれ。父はトウモロコシを育て、馬と牛がいる典型的な牧場生活だった。オムツが取れると、自分のポニーをもらい、5歳で障害飛越競争のコンテストに参加した。7歳で両親が離婚。16歳でレストランのウェイトレスを勤め、サービス産業に興味を抱いた。

父親が「大学だけは出てくれ」というので、父親が住む西部ユタ州の州立大学に進学。卒業すると、さっさとニューヨークに引っ越した。 ロックウッドで働きながら、リナとソーニャは、「ザ・バッド・オールド・デイズ」プロジェクトを立ち上げる。ソーニャはバーテンダーからマネージャーに抜擢されたものの、経営に専念するのには馴染めず、ロックウッドを去り、他の場末バーでバーテンダーに戻る。一方リナは、オーナーにこき使われるのではなく、自分のバーが持ちたいと考えていた。

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最終更新:7/11(火) 20:10
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