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高校代表落ち、指名漏れから奮起 大学生捕手が叶えた夢、次は共にスタメンで

7/11(火) 16:31配信

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夢を叶えた富士大4年・小林遼、「恥ずかしいプレーはできない」

 第41回日米大学野球選手権大会が12日からアメリカで始まる。8月には台湾で第28回ユニバーシアード競技大会が行われ、2つの国際大会に挑む侍ジャパン大学代表。富士大4年の小林遼捕手はある思いを持って、日の丸を背負う。

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「(代表入りは)素直に嬉しいけれど、やった、という気持ちより、恥ずかしいプレーはできないなと自覚と責任を感じました」

 初の代表入りに気を引き締めた小林。選考会では「守備で手応えがあった」と話す。

「ミスもなく、ランナーも刺すことができた。ピッチャーとのコンビネーションもうまくできたと感じました。自分から声をかけ、どういう球で押さえるかと細かいことも聞いて、いい感じで組むことができましたね」

 関大・阪本大樹、日体大・松本航、国際武道大・伊藤将司(日米大学選手権のみ参加)らをうまくリード。大学では1年秋から正捕手となり、昨年までは阪神・小野泰己、一昨年までは西武・多和田真三郎とバッテリーを組んだ。「多和田さんはボールが浮いてくる感じで怖いですよ。小野さんは上から投げおろして、ガーッと来る感じ」。タイプの異なるピッチャーを巧みにリードした経験も生きた。

高校代表落ち、指名漏れの悔しさバネに成長

 悔しさをバネにしてきた。宮城・仙台育英高では、2年秋の明治神宮大会準決勝で先制3ランを放つなど、初優勝に貢献。センバツ大会直前からは、さらに打力に磨きがかかった。夏の宮城大会では、決勝の初回に5点を失う劣勢も、9回2死満塁から押し出し四球でサヨナラ勝ち。その四球を選んだのが、小林だった。

 身長170センチそこそこと小柄ながら、打力とリードが評価され、プロのスカウトも注目。秋にはプロ志望届を提出した。しかし、ドラフト指名はなかった。高校3年の6月頃、腰痛を患い、スカウトが試合でプレーを確認できなかったことも少なからず影響したようだ。「受け入れたけど、悔しい思いはあった。大学で見返してやろうと思いました」と、岩手・富士大に進学した。

 高校時代にもう1つ、小林の心に火をつけたできごとがある。

「テレビで観ていました。敬宥が外野を守っていて、誠知が出ていない。どういうこと!?って思いましたね(笑)。でも、やっぱり、自分としては悔しくて、一緒にあの舞台に立ちたかった。なので、大学ではJAPANになるって思いました」

 仙台育英高のチームメートである上林誠知(現ソフトバンク)と熊谷敬宥(現立教大)は高校の日本代表として日の丸を背負った。外野手の上林は夏の甲子園から調子を落とし、テレビの向こうでは、本来、ショートである熊谷が外野で試合に出場していた。

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最終更新:7/11(火) 16:47
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