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伊藤幾久造展 交流示す、挿絵と日本画

7/12(水) 10:00配信

茨城新聞クロスアイ

大正から昭和にかけて挿絵画家として活躍した伊藤幾久造(きくぞう)(1901~85)の作品を紹介する「伊藤幾久造とかすみがうら市」が、同市坂の市歴史博物館で開かれている。幾久造は戦時中に同市に疎開したのを機に、地域で絵が親しまれ、数多くの作品が市内に残る。雑誌の挿絵に加え、人物画や歴史上の人物を描いた日本画作品など計50点を並べた。23日まで。

幾久造は、東京・日本橋生まれ。16歳で美人画で有名な伊東深水の画塾に入り、日本画を学んだ。少年雑誌「少年倶楽部」などの挿絵を手掛けたが、43年、第2次大戦の激化に伴い、同市戸崎に疎開。地元の人と交流する傍ら、注文に応じて日本画を描くようになった。終戦後も49年まで住み続けた。

昨秋、近隣の民家から幾久造作の日本画が発見されたのを機に、同館が調査したところ多くの民家に計約100点の絵が残されていたことが分かった。幾久造は世話になった人々に色紙や画用紙の絵を贈ったほか、頒布会を開いて本格的な日本画を販売した。

千葉隆司学芸員は「当時の地元は農産物を販売する一方で、自給自足の生活をすることが多く、資産がある人がいた。幾久造によって絵画に親しむ文化もできたのでは」と語る。

今回は地域に残された作品を同館がまとめて展示を企画した。作品は、農村の少女を描いた日本画「霞ケ浦の乙女」をはじめ、歴史絵の「関ケ原の戦いの徳川家康」や「巴御前」「源平合戦」などを展示。ほかに仏画や風景画、びょうぶ画も並べた。地元の小学生が書いた文集の表紙や、雑誌の挿絵、手紙、色紙もあり多彩な出展となっている。

千葉学芸員は「作品の発見で、あまり知られていなかった幾久造の地域との交流が明らかになった。地域の遺産になる。多くの人に見てほしい」と話し、来場を呼び掛けている。

入館料は一般210円、小中生100円。月曜休館(17日は開館、18日休館)。同館(電)029(896)0017。

(綿引正雄)

茨城新聞社