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松本晃カルビー会長×高岡浩三ネスレ日本社長が20代30代に語る(前編)「人生は長くない。ゴールを決めて働け」

7/12(水) 20:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

松本晃(69)と高岡浩三(57)。日本を代表する2人のプロ経営者だ。

ちょうどひと回り違い、身長はほぼ同じ。撮影のために並んで座った2人が笑い合う姿は兄弟のようである。

【画像】カルビーの松本晃会長(左)とネスレ日本の高岡浩三社長。ビジネスに対する考え方が非常に似ているという。

似ているのは見た目だけではない。考え方や仕事への向き合い方など、通じ合う高岡を、松本は「一卵性双生児」という。

松本は京都大学大学院卒業後、伊藤忠、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人トップを経て、創業家から請われてカルビーへ。2011年3月、東証一部上場を果たし、株価を最高値で11倍に伸ばした。伝統的オーナー企業を成果主義へと改革し、ダイバーシティ推進や働き方改革への大胆な取り組みが注目されてきた。

高岡は神戸大学卒業後、ネスレ日本へ。「キットカット受験生応援キャンペーン」「ネスカフェアンバサダー」などの日本独自のビジネスモデルの開拓が、ネスレのスイス本社からも高い評価を受ける。2010年、生え抜きの日本人社員として初めてネスレ日本の最高経営責任者となる。

食品会社のトップ、関西出身、世界的ブランド企業の日本法人のトップ経験者であること。加えて、負けず嫌いであると同時に勧善懲悪の人情家。

共通点の多い2人が、結果を出す闘い方とミレニアル世代への伝言を、90分にわたって語り合った。前編のテーマは、「20代30代にどう働くか」。

どこの組織においても一等賞でないと面白くない

Business Insider Japan(以下BI): おふたりの20代30代は どんな感じだったのですか。

松本:我々の時代は東大法学部を卒業して官僚になるような一部のエリートと、その他大勢の金太郎あめに分かれていた。僕なんて金太郎あめの中の上ぐらいだったけど、しょせんは金太郎あめ。その集団からどうやったら這い上がれるかということには、それなりに興味がありました。

高岡:私自身は、 父親も祖父も42歳で亡くしています。父が亡くなった小学校5年生で喪主を務めた時から、「自分も42歳で死ぬかもしれない」という思いがあったので、おのずと42歳を人生の締め切りと考えるようになっていました。

就職したのはバブルに突入する少し前の1983年。大手の広告代理店にも内定が決まっていましたが、ネスレ日本への就職を決めたのは、外資系は年功序列ではないという人事評価への期待がありました。他人より短い人生で、早く結果を出さないといけないと思っていましたから。ところが、入社してみると当時のネスレは年功序列で終身雇用制の日本的な企業だったんです。

BI :20代で少しでも上を目指したというゴール設定はおふたりに共通です。

松本:会社に入ってすぐに、商売は自分に向いていると思いました。でも、社長にならんと面白くないなあと思いましたよね。どこの組織においても一等賞じゃないと面白くないなと。

高岡:トップを目指す気持ちはありました。でも、ネスレはグローバル企業ですので、海外を勤務を何カ所か経験したグローバル人材のみが日本をはじめ各国のトップになれる仕組みでした。

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最終更新:7/12(水) 20:10
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