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「生活の足」築70年超の駅舎無残な姿に 復旧のめどたたず 九州豪雨1週間

7/12(水) 17:36配信

西日本新聞

 九州北部を襲った豪雨は、地域を象徴する建物や産業も押し流した。発生から1週間。徐々に明らかになる被害の大きさに住民たちは言葉を失いながらも、「復興を信じるしかない」と前を向いた。

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 瓦屋根だけを残し、大部分は土砂に埋まった建物。住民たちが集い、談笑する憩いの場だった駅舎は無残な姿に変わり果てていた。

 福岡県東峰村のJR日田彦山線大行司駅。JR九州によると、築70年以上というこの木造建築物は、5日の大雨で裏山のがけが崩れ、土砂や流木で倒壊したとみられる。線路にも大量の土砂が流れ込み、近くにいた列車は、今もホームに止まったままだ。

 駅舎は1946年に当時の彦山線が延伸した際、大行司駅の開業に合わせて建設。その時代、村には炭鉱があり、鉄路は石炭を運搬する役割を担っていた。炭鉱は63年に閉山。地域の歴史を見てきた建物は、駅の無人化後、2008年にJR九州から村に譲渡された。駅舎の一部に喫茶店ができ、駅利用者以外も足しげく訪れる住民たちの交流の場になっていた。

「生活の足」復旧のめどたたず

 近くで50年以上、理容室を営む木村祥江さん(72)は「炭鉱住宅が近くにあり、住民は7千人はいた。周りはネオンが輝き、活気にあふれた。駅舎はその名残だった」と懐かしむ。

 大行司駅の利用客は多くはないが、今も通学などで小倉駅や日田駅に向かう人々の「生活の足」だ。大破した駅舎をどうするのか、東峰村は「現段階では、全く分からない」という。JR九州によると、12日現在、日田彦山線の添田-夜明間は運休しており、復旧のめどもたっていない。

 近くで飲食店を営む山平イマコさん(82)は、小倉で買い物するのに、駅をよく利用した。「思い出があって、地元で親しまれている。無くなってほしくない。何とか元に戻って」と願う。

=2017/07/12付 西日本新聞夕刊=

西日本新聞社

最終更新:7/12(水) 17:36
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