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仲代達矢「当時の俳優は死に物狂いだった」

7/12(水) 12:40配信

Lmaga.jp

俳優の仲代達矢が11日、大阪「シネ・ヌーヴォ」(大阪市西区)で開催中の『小林正樹映画祭』に登場。同劇場で上映中の自身の主演作『人間の條件』についてトークイベントをおこなった。

この『人間の條件』は、1959年から1961年にかけて公開された反戦映画の傑作。名匠・小林正樹監督が、自分の意志に反して青春期を戦争と共に歩む若者の姿を、全6部(9時間31分)にわたって描いている。

観客と一緒に久しぶりに同作を鑑賞した仲代は、「本作は、(原作者の)五味川純平さん、小林監督の戦争体験が基にある、偉大なるリアリズムの映画です。私自身も、『天皇陛下のために死ぬ』、『一億玉砕』というなかで育った人間なので、運命的なものを感じている作品。出演するにあたっては、実際に軍隊教育を2カ月受けてから、撮影に入りました。(撮影現場では)塹壕(ざんごう)に入って、全身が真っ黒になった。『もう、助けてください』と思っていても、そんな私をキャメラはジーッと撮っていたんです」と過酷な毎日をふり返った。

また、足かけ4年の撮影となった本作。オフはもちろんあったが、役作りから離れることはほとんどできなかったという。「1・2部の撮影が終わってから、この映画の撮影は半年の休みに入ったのですが、その間、太ってはいけないので体重制限をしていたんです。その間に撮ったのが、黒澤明監督の『用心棒』(1961年公開)でした。全然、キャラクターが違いますけど(笑)。そして、3・4部をやってから、また黒澤さんに呼ばれて、『椿三十郎』(1962年公開)に。そして、最後の5・6部(完結篇)の撮影に入りました」と、黒沢映画出演の裏話も明かした仲代。

ちなみに小林正樹と言えば、『カンヌ国際映画祭』で世界十大監督のひとりとして称えられている映画監督。仲代は、そんな小林作品に11本出演。「それまでオーディションに9本落ちて、もうダメだと思っていたら、小林監督の『黒い河』(1957年)でギャング役をやらせてもらえた。そうやって小林監督に拾われて、『人間の條件』に出させていただいた。(殴られるシーンも)本当に殴られて顔が腫れているし、なかには私のことが嫌いなんじゃないかというくらい、厳しい殴り方をする先輩もいました。ただ、当時の俳優はみんな死にものぐるいでしたから。怖いこともたくさんあったけど、これが縁になればという気持ちでずっとやってきました」と、これまでの道のりを懐かしんだ。仲代の出演作を含む特集上映『生誕101年 小林正樹映画祭』は7月21日まで同劇場で開催中だ。

取材・文・写真/田辺ユウキ

最終更新:7/12(水) 12:40
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