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大相撲と日本刀はいつからかかわってた? 大阪で歴代横綱の名刀が競演

7/13(木) 15:26配信

THE PAGE

大相撲と日本刀はいつから関わったてた? 大阪で歴代横綱の名刀が競演 撮影:岡村雅之 THEPAGE大阪

 大相撲 名古屋場所の熱戦が続く中、大阪市の大阪歴史博物館では歴代横綱の名刀などを展示する特別展「大相撲と日本刀」が開かれ、相撲ファンらでにぎわっている。国技として愛される大相撲と、日本の精神性を宿す日本刀は、いつごろからどのようにかかわってきたのか。会場には心地よい緊張感が満ちている。

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雷電や双葉山の刀を展示

 会期は今月31日までの前期と、8月2日から28日までの後期に分かれ、一部で展示作品が異なる。開催直前の内覧会を取材した。会場に入ると、いきなり江戸期の名力士、大関雷電為右衛門の脇指に出合う。雷電は勝率が96%を超え、強すぎたため張り手などを禁じ手とされた。脇指は長さ41・3センチながら、天下無双の力士にふさわしく、刀身の重さは911グラムで、ずしりと重い。

 直進すると、昭和を代表する名力士、横綱双葉山の刀が登場。双葉山の前人未踏の69連勝は現在まで破られていない。人格もすぐれ、連勝記録が止まっても、「いまだ木鶏たりえず」と、謙虚に自身の力量不足を吐露した。哲人の風格すら漂う。刀は室町後期の刀工、備前長船勝光の作。地鉄に備前刀の特色である「映り」がよく表れていると評される。

江戸期の有力力士は二本差しを許されていた

 太刀持ちと露払いを従えた横綱の土俵入りは、大相撲の華だろう。太刀は綱とともに横綱だけに与えられた特権だ。すでに江戸期、大名に抱えられた人気力士たちは武士に準じ、二本差しを許されていた。報道写真の性格を兼ね備えていた江戸期の錦絵には、力士と日本刀を描いた作品が少なくない。

 「江戸大相撲生写之図」の力士集団は、大名お抱えの二本差しと、格下の長脇差一本組に描き分けられながらも、堂々たる風情で闊歩している。「着物姿一人立 袈裟ケ嶽雲右衛門」は見上げるほど大作。身長2メートルを超えていたとされる袈裟ケ嶽は18世紀半ばの力士。松江藩のお抱えで、華やかなこしえらの二本差しが印象的だ。

 江戸期から明治・大正期にかけて、大阪相撲も人気を博した。「大阪大相撲之図」には、ひいき筋と思われる市場関連ののぼりが目立つ。天下の台所と呼ばれた商都らしい大相撲と市場関係者の密接な関係ぶりを物語る。

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最終更新:7/19(水) 6:03
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