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セ首位打者爆走中!“ハマのプーさん”DeNA・宮崎が語る出世物語 高校時代は「プロ入り考えもしなかった」

7/13(木) 16:56配信

夕刊フジ

 【柏英樹の勝負球】

 10日現在、セ・リーグトップの今季打率・346を誇るのは、昨季首位打者の巨人・坂本でも、広島首位快走の立役者・丸でもない。今季華々しくブレークしたが、イキのいい若手とはちょっと言い難い28歳。ずんぐりむっくりした体形で、ついた異名は“ハマのプーさん”。独特な一本足打法で快打を連発する横浜DeNA・宮崎敏郎内野手自身の口から、遠回りな出世物語を披露してもらおう。

 --目下、打率・346、7本塁打、35打点。特に鮮烈だったのは今月5日の阪神戦(横浜)。右に左に打ち分けて5打数5安打(右前安打、二塁内野安打、左二塁打、中前安打、左二塁打)

 「5安打なんて奇跡ですよ、奇跡。打撃成績のトップにいること、これも何かの間違いでは…」

 --とはいえ、新聞の打撃成績欄のトップは気分がいいのでは

 「いや、数字にはあまりこだわってないです。ただ、トップにいれば試合に出させてもらえるだろうから、うれしいですね」

 --3番筒香、4番ロペスのあとの5番に定着しても、まだ試合に出ることが一番?

 「プロ入り4年目の去年、やっと101試合に出場できましたが、それまではベンチか2軍でしたから。試合に出られるなら、守備がどこだろうと打順が何番だろうと構わないです」

 --打撃好調の要因は

 「強引にいかず、コースによって打ち分ける自分のバッティングができていることですかね」

 --中畑清前監督が就任1年目の秋のドラフトで指名。「打撃に関しては文句なし」といつも評価していた。左足を上げて右足にくっつけるような独特の打撃フォームだが、体が前に流れず、球を呼び込んで軸回転するのが素晴らしいと

 「左足を上げてタイミングをとるフォームは、小学生の頃から。体が小さかったので球を飛ばすにはどうしたらいいかと、あれこれやった結果、いまの一本足みたいな打法になりました」

 --一本足打法は遠くに飛ばせる半面、タイミングが狂いやすいといわれる。それなのに打率1位。三振は25個でセの規定打席数以上では最少(ちなみに打率2位の坂本は倍の50三振)

 「球をよく見て逆らわずに打ってるからですかね」

 --ラミレス監督は「外角球は右へ、内角球は引っ張る。球を見極める能力が抜群の上、バットコントロールも素晴らしい。そして何より常にポジティブでファイティングスピリットにあふれているのがいい」と絶賛している

 「プロ入り当初は出番が少なくて、代打など1打席で結果を出さなければならないことが多かったので、いまでも1打席を必死で迎えているのがいいのかも、ですね」

 --プロ入り当初から課題は守備。一塁、二塁、三塁と内野のあちこちを守り、昨季あたりからようやく三塁に定着。毎日、練習前に炎天下でノックを受けた地道な努力が実を結んだ?

 「そうだといいんですが…」

 --野球を始めたのは

 「小学校6年の頃。佐賀県唐津市の公務員で農家もやっていた親父(楠生さん=64)が昔、陸上競技とソフトボールをやっていたのでなんとなく…。当時はもちろん、厳木高校で投手で4番だった頃も、プロ入りなど考えもしなかったです。厳木を『きゅうらぎ』と読んでくれる人が地元以外では数少ない、無名高校の野球部でしたから」

 --そこから大分県の日本文理大学に進学

 「200人近いセレクションを受けて入学しました。投手をやっていたせいか、打撃と送球がいいと言われ、三塁手に転向となりました」

 --九州大学リーグでは2度の首位打者、3度のMVPを獲得

 「しかし、プロはもちろん社会人チームからの誘いもなく、10社以上の企業を当たったけど不採用。最後に受けたセガサミーで『ショートはできるか?』と聞かれ、『はい、できます』と答えて入社となりました」

 --2012年の都市対抗野球1回戦(対日本通運)の8回に逆転満塁本塁打。その試合を観戦していた巨人・長嶋茂雄終身名誉監督をうならせた一発が、DeNAのスカウトの目にも止まり指名された

 「同じセガサミーの先輩の赤堀大智外野手が4位、自分が6位。まさかのプロ入りでした」

 --これからの目標は 「個人記録とかは意識せず、とにかく試合に出ること。そしてチームのために貢献できれば最高です。自分みたいな者が大きなことを言ったらバチがあたりますよ。1試合、1打席を大切にするだけ。えっ、結婚? ない。ないですね~」

 ■宮崎敏郎(みやざき・としろう) 1988年12月12日生まれ。佐賀県出身。厳木高、日本文理大、セガサミーを経て2012年ドラフト6位で横浜DeNA入り。昨年は対左投手の打率・326を誇り“左殺し”の異名を取った。右投右打。172センチ、85キロ。今季推定年俸3000万円。独身。

 ■柏英樹(かしわ・ひでき) 1942年東京都生まれ。青学大時代はラグビー部主将。64年に報知新聞社に入社し、巨人担当などを務めた。ONとは41年間親交がある。99年1月からフリー。著書多数。

最終更新:7/13(木) 17:00
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