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オリンピック4大会連続出場を成し遂げた松田選手の「自超力」とは

7/13(木) 10:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

※この記事は「経営者JP」の企画協力を受けております。

 みなさん、こんにちは。元競泳選手の松田丈志です。2016年9月に、28年間続けた競泳を引退しました。その間、4度のオリンピックに出場し、4つのメダルを獲得しました。最大の目標だった金メダルには届きませんでしたが、まさか自分がこんなに長く世界のトップレベルで活躍できるとは思ってもいなかったので、幸せな競技人生だったと感じています。

 引退したタイミングで、28年間指導していただいた久世由美子コーチと、共著という形で本を出版しました。タイトルは『夢を喜びに変える「自超力」』です。

 この本の特徴は2つあって、1つは「アスリートの自叙伝ではない」ということです。私たちは、この本を競泳の本、スポーツの本だけで終わらせたくないと考えたのです。2人で取り組んできた競泳というスポーツにおいて、0.01秒単位で記録を縮め、世界で結果を出すために考えたこと、変えていったこと、壁を乗り越えるために必要だったことがたくさんあります。

 それは、常に過去の自分を超えていく作業でした。ここから得られたノウハウや経験は、競泳だけではなく、あらゆるジャンルで成長を求める人たちに届くメッセージになるのではないかと考えたのです。

 もう1つの特徴は、選手であった私とコーチだった久世コーチが、それぞれの目線から交互に書いている点です。私たちはオリンピックの金メダルという同じ目標に向かい、経験を共有してきましたが、目標に対するプロセスや考え方、経験から感じ取ったものはそれぞれ違います。

 私自身もこの本を執筆するに当たって、自分の思いを言葉にしながら、コーチはどんな言葉を出してくるのだろうと楽しみにしていました。お互いの考えがリンクしているところもあれば、違うところもあるので、どんな仕上がりになっているかは、ぜひ手に取ってみてください。

 現在、私は東京、久世コーチは宮崎を生活の拠点にしており、顔を合わせて打ち合わせできる機会がそう多くはなかったため、2人の間でも、この本のコンセプトを共有し、方向性を正して、仕上げていく作業は大変な部分もありました。それでも自分たちの経験から学んだことを、みなさんに共有してもらいたいという思いと、私たちの足跡を形として残したいという気持ちで1冊の本に仕上げました。そんな本の内容を少し紹介します。

●自分と向き合うことが最初のスタート

 私が勝負してきた競泳は、まさに自分との戦いです。試合の時に相手と接触するわけではありませんし、決められたコース内で決められた距離を泳ぐだけです。自分のパフォーマンスに影響を与えるのは、ほぼ自分しかいません。心技体それぞれのカテゴリーで自分と向き合うことが必要です。

 よく4年に1度のオリンピックにピークを合わせるのは難しくないですか? と聞かれるのですが、私は難しいとは思っていません。自分と向き合うことができて、自分を知ることができれば、たとえ勝負の日が4年に1度であっても、自分のパフォーマンスはコントロールできるのです。

 私は現在、いろいろな競技の選手にインタビューする機会があるのですが、良いプレーをした場合は決まって、「自分のプレーに集中していた」「自分のプレーをするだけだった」という答えが返ってきます。

 これは、たとえ対人競技であっても最終的には自分のプレーに集中することが、最高のパフォーマンスを目指す上で有効だと、トップアスリートは経験則で感じているからでしょう。

 私は、自分と向き合うことをさまざまな角度から行ってきました。代表的な例は「書くこと」です。中学生の時から引退するまで、毎回の練習ごとに内容とその日の心身のコンディション、できたことやできなかったこと、技術的なこと、明日への課題をノートに記してきました。

 そうやって日々自分と向き合っていれば、自分の強み、弱みも見えてきますし、心身のコンディションをピークに持っていく方法も分かります。

 これはどんな競技でも、どんな分野の人にでも共通することだと思っています。スポーツでも、自分はコントロールできても相手をコントロールすることはできません。世の中にも自分ではコントロールできないことが数多くあります。

 自分自身と向き合い、今日やるべきことを理解し、今の課題が見えていれば、それを実行すれば成果につなげることができます。

 競技を引退した今、日々の振り返りが現役時代に比べて薄くなっていると感じます。1日の中でわずかでもいいので、自分と向き合う時間を作れたら、日々の課題解決や成長のスピードは上げられるので、これからも意識したいところです。

●自分だけでは超えられない壁がある

 しかし、自分と向き合うだけでは超えられない壁もあります。それを実感したのは、私にとって最初のオリンピックであったアテネオリンピック(2004年)でした。メダルを目指し必死にトレーニングを積みましたが、メダルには届かず悔しい思いをしました。一方で、自分の回りにはメダルを取った仲間たちがいました。

 最も印象に残っているのは、北島康介さんがアテネオリンピックで「北島、危うし」という前評判を見事に吹き飛ばし、初めての金メダルをもぎ取ったシーンです。その後スタンドにいるチームメイトやスタッフに目をやると、みんなが涙を流していました。その時私は、北島さんの金メダル獲得にこれだけの人が涙を流していることにハッとしたのです。

 この経験で感じたことは、メダリストたちと当時メダルの取れなかった私との違いが、「回りの力を自分の力に変えられる選手」であるかどうかです。当時から、私は久世コーチや家族、地元のみなさんの応援というのは大きかったですし、それは力に変えられていました。でも、それだけではオリンピックで結果を出すことができませんでした。

 オリンピックは日本代表チームとして戦います。そこには多くのチームメイトも、代表コーチ、さまざまな専門スタッフもいる中で、世界の舞台で戦うわけですが、当時の私は初めての国際大会でそこまでの人間関係を代表チーム内で築けていませんでした。マインド的にも、とにかく自分のやるべきことだけやっていればいいという考えでした。

 金メダルを取った翌日の朝には、もうスタンドでチームメイトの応援をしている北島選手の姿を見て、私もこの舞台で結果を出したいのであれば、代表チームの中で応援してくれる人を増やし、チームメイトや代表コーチ、専門的なスタッフなど、回りの人に自分だけでは気づけない課題や経験を教えてもらいながら成長していこうと強く感じました。

これは4年ごとというオリンピックのスパンの中でも、限られたアスリート人生の中でも、とても重要な経験でした。

 私たちは、限られた時間の中で成長のスピードを上げていかなければなりません。

そして勝負するステージが大きくなればなるほど、応援者の存在が大事だということです。このことは、みなさんが今働いている職場でも当てはまるのではないでしょうか。

●最後に

 ここでは私の章の核となる部分だけ紹介しましたが、本書では現役生活を通して感じたさまざまな学びを書きました。また久世コーチの章では、久世コーチの教えや自身が指導者として実践してきたことが書いてあります。この本を手にしたことで、みなさんにとって1つでも発見があるとうれしく思います。

(松田丈志)

(ITmedia エグゼクティブ)