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九州豪雨1週間 九州電力・復旧隊同行ルポ「電気を届けることが、自分たちの使命」

7/13(木) 7:55配信

産経新聞

 九州北部を襲った豪雨は、インフラ網をも押し流し、各地で停電や断水が相次いだ。被災地では救助活動と並行して、インフラ復旧の作業が進む。記者は11日、福岡県東峰村での電力復旧隊に同行した。「電気を届けることが、自分たちの使命」。九州電力や協力会社の関係者が、2次災害の危険もある現場で奮闘していた。 (中村雅和)

 午前8時。福岡県朝倉市にある九電甘木営業所・配電事業所に、続々と作業員が集まった。同営業所は、電力復旧部隊の基地となっていた。

 発生から1週間。復旧工事に加え、電気利用者への対応など仕事は膨大だ。作業員の控室となった大会議室のごみ箱は、栄養ドリンクの空き瓶がいっぱいだった。いすを並べて、仮眠する社員もいた。

 甘木配電事業所の中川憲次氏(49)ら作業員11人はこの日、東峰村での復旧に携わった。

 「路肩が崩壊している場所もあり、離合は難しい。他社さんの作業車も入っています。まずは通信線を吊(つ)り上げて、バケット(高所作業車)を入れる。作業はショートアース(感電防止に電気を地面に流す)をして、伐採です。よろしくお願いします」

 中川氏が、班を組む作業員に状況と方針を伝えた。

 目的地は、土師(どし)山(標高456メートル)にある携帯電話の基地局だ。電線に木が倒れかかって、電気が通っていないという。

 大規模災害時、情報伝達や安否確認で、スマートフォンや携帯電話は威力を発揮する。だが、基地局が停電していれば、使えない。

 作業員は高所作業車などに分乗し、山へ向かった。村の至る所で、土砂崩れが発生していた。水につぶされた家もあった。

 山道は狭い。その上、あちこちで路肩が崩れていた。道路ごと地中に没した電柱もあった。電柱から通信用の光ファイバーが垂れ下がり、車の通行を妨げていた。

 通信線をつり上げる作業が始まった。眼前の道は、路肩ごと崩落し、穴がぽっかりと口を開ける。危険と隣り合わせの作業だ。

 ■「ご安全に!」

 午後1時ごろ、土師山の林道入り口に到着した。山の中腹に、携帯電話会社の基地局3局と、村の防災無線の中継局がある。

 「きょうも一日、ご安全に!」

 作業員全員で声を出し、林道を登り始めた。

 「ご安全に」は電力業界の合言葉だ。

 もともとはドイツの鉱山で使われていた言葉だという。住友金属工業(現・新日鉄住金)が昭和28年に使い始め、鉄鋼・電力業界に広まった。

 林道は、ぎりぎり作業車が通る道幅しかない。だが、運転手は悪路にも慣れているのだろう。バックで進入していく。

 高所作業車に乗れる人数は限られており、記者は山道を歩いた。

 林道の入り口から復旧現場まで、標高差は約200メートルほどあった。気温は30度を超え、真夏のような日差しが肌を刺す。一歩一歩が重い。全身から汗が噴き出す。持参したもの、分けてもらったものを含め、約4リットルの水を飲み干していた。

 豪雨のせいだろうか。崩壊防止で斜面に吹き付けられたコンクリートが、浮き上がっていた。「崩壊するんじゃないか」。危機感がわき起こった。道の途中に、オーバーヒートした九電の軽自動車もあった。

 ようやく、基地局周辺にたどりついた。

 ■道なき道

 高所作業車3台が、事前の打ち合わせ通り、持ち場につく。木の伐採や送電線の架線など、それぞれの仕事を始めた。

 みな手際が良い。九電の中川氏は「今日の現場は、まだまだ易しい方です」と話した。

 豪雨だけでなく、台風や地震など天災のたびに電力関係者は復旧に走る。文字通り、道なき道を行くことも多い。そんなときは、自衛隊の道路復旧部隊と一緒に現場を目指す。道と同時に、電気を通す。

 約2時間後、土師山でのすべての作業が終わった。携帯会社2社の基地局に、電気が戻った。

 九電工朝倉営業所の川原勝美班長(39)は「電気を届けることは、自分たちの使命やけんね。復旧が終わって、街灯がついたり、家に電気が戻って『明かりがついた』と喜んでもらう瞬間が、何よりもうれしい」と語った。その表情は、作業中と打って変わり、穏やかだった。

 今回の豪雨では福岡、大分両県で最大約6400戸が停電した。九電や関連会社は、復旧作業や顧客対応に、最多で1700人を投入した。

 被災地に日常を取り戻そうと、被災者や関係者の努力は、今日も続く。どうか「ご安全に」。

最終更新:7/13(木) 7:55
産経新聞