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<菊池寛>怪奇小説の直筆原稿見つかる

7/13(木) 12:00配信

毎日新聞

 芥川・直木賞を設けるなど「文壇の大御所」と呼ばれた作家、菊池寛(1888~1948年)が1931(昭和6)年ごろに執筆したとみられる怪奇小説の直筆原稿が見つかった。大阪毎日新聞と東京日日新聞(現・毎日新聞)に連載した小説「真珠夫人」で成功後、主に女性読者を対象にした大衆小説で人気を得ていたが、その作風を一新させる意欲作と言えそうだ。

【幻の原稿「妖妻記」】金森観陽が描いた美しい挿絵も

 高松市の菊池寛記念館が13日発表した。タイトルは「妖妻記」で、400字詰め原稿用紙64枚にまとめられた。幕末の武尊山(ほたかやま)(群馬県)山麓(さんろく)での妖怪談を老人が昔語りする構成。他の男と密会していた妻を男が殺して逃亡。その先で再婚した女が、実は妖怪のオオカミで、このオオカミが男の子どもを殺していく。関西で活躍していた日本画家、金森観陽(かんよう)の挿絵が添えられた。

 記念館は東京の古書店から2011年に購入。調査の結果、大阪のローカル紙「夕刊大阪新聞」に原稿の一部が掲載されていることを確認した。全18回の連載とみられるが、全集には未収録で世に知られていなかった作品という。

 菊池は「これは『大衆文藝』とは、少し違ってゐるかも知れない。歴史小説でもなく、チャンバラものでない、怪奇談です。相当面白いつもりです」と原稿に添え書きし、意欲をみせている。

 菊池は高松市生まれ。純文学の書き手として戯曲「父帰る」をはじめ、大衆、歴史小説の担い手としても活躍し、雑誌「文芸春秋」を創刊した。

 菊池寛研究の第一人者、片山宏行・青山学院大教授(日本近代文学)は「流行作家が、自身の文学的マンネリズムを打破しようと試みた実験的作品。その後同系列の作品が書かれておらず、菊池寛文学史、大衆文学史の1コマを補完する発見」と評価している。

 菊池寛記念館(087・861・4502)は、妖妻記の原稿を14日から一般公開する。月曜休館、10月22日まで。【小川和久】

最終更新:7/13(木) 13:42
毎日新聞